第59話

ひろむは燃える屋敷内を、ふらつきながら走った。


炎の上がる城側ではなく、外へと通じる御錠口へと向かうと、見覚えのある男の姿が現れた。


「お嬢さん!」


「大和」


忍びのような姿をした長身が駆け寄り、ひろむを抱き締めた。


「さぁ、今のうちに」


連れ出そうと手を引くが、ひろむはその手を振り払う。


「大和、この火はお前の仕業か」


「ああ、仲間が屋敷に火を放った」


「お前・・」


「さぁ、ここにも火が回ります」


「女しか居ない奥へ火を放つなど、それがお前の正義なのか?」


ひろむの厳しい口調に、大和はたじろいだ。


「お嬢さんの命が狙われていると・・」


「私は行かぬ」


大和はその言葉に衝撃を受け、顔を歪めながらも「すみません」とひろむの鳩尾を強く突いた。


崩れ落ちるひろむを抱えると、通用口へと向かった。


火の回り始めた廊下を駆け抜けようと前方を見据えると、炎の中に浮かび上がる女の姿。


黒い打掛を羽織り、赤く煙る廊下に悠然と立ち塞がる長身に、大和はゾッとした。


女は静かに、だが轟音の中でも通る声で囁いた。


「これは、御台様のご意思ですか?」


「・・・」


「今は、まだ時期ではない」


「何?」


「まだ幕府は倒れぬ、今連れ去ったとして・・・」


瀬奈は正面から、氷のような視線で大和を射抜いた。


「御台様に追っ手が差し向けられ、お家も御取り潰しとなりましょう」


人を凍りつかせるような視線と、深く響く声。


大和の記憶がふと蘇る。


ひろむを見初め、霧矢の家に輿入れの話を持ちかけに来たという大奥の女は、そんな女ではなかったか。


「御台様をお渡し下さい」


私は行かぬと言い切ったひろむの声が蘇り、大和は抵抗できなかった。


瀬奈は打掛を脱ぎ、舞う火の粉から守るようにひろむの身体を包み込み、抱きかかえた。


煤で汚れたひろむの顔をそっと拭うと、通用口へ通じる御錠を開き、燃え盛る屋敷から逃げ出した。



被害を受けていない城の寝所に運ばれたゆうひと、それを見送り奥の外れの庭に避難していた女中達。


ひろむを抱いて現れた瀬奈の姿に、皆が安堵の涙を流した。


明け方にようやく消し止められた火は、大奥の約半分を焼く結果となったが、女達は逞しく復興へと励んだ。



大奥 第八話 おわり

2011.5.10



十話で完結の予定です。

目指せハッピーエンド!

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