第58話

その夜、ひろむは全く寝付けなかった。

月の明るさが、嫌な事ばかりを思い出させる。


寝具の中でまんじりともせず、寝返りばかりを繰り返していた。


ふと、遠くで人の騒ぎが聞こえた気がした。

続いて女たちの悲鳴と、激しい足音。


物の焼ける臭いと音が聞こえ出し、ひろむは寝具から立ち上がった。


「御台様、火事でございます」


ひろむの部屋にいち早く駆け込んで来たのは真咲。


「火元は?」


「城側の御殿でございます」


「上様は?」


「こちらに避難して来られています、さぁ御台様も早く」


身の回りの物を持った女中達が悲鳴を上げながら、大奥の外れへと逃げ惑う。


やけに大きな風呂敷包みを背負ったもりえとまぎぃが、ひろむを促し廊下を走る。


越乃達に支えられ、咳き込みながらゆうひも避難してきた。

ひろむの姿を見やると、安心したようにその場に崩れる。


「ひろむ、無事か」


火の粉を撒き散らし、大奥の御殿が燃え上がる。

轟音と熱風を感じながら、ひろむは皆の無事を確認した。


反物を抱えた呉服の間の女中や、饅頭を両手に持った十輝、二匹の犬を抱えたりおに駆け寄り「瀬奈は?」と。


「お止めしたのですが・・・」


「どうした」


「私達に指示をすると、城へ・・・」


「なんだと?」


「真咲様には御台様を、私にはふーとぶーと託されました」



ふと、大和が口にしていた言葉が頭をよぎる。


・・・時が来たら、城の御錠口へ。


まさか、この火は大和の仕業なのか。

考えるより先に、ひろむは走り出した。


「御台様!」


追いかける真咲やもりえに、羽織っていた打掛を投げつけると、ひろむは火の粉が舞う奥へと走った。


それを目にしたゆうひも追いかけようとするが、咳き込み腹を押さえて倒れ込んだ。


口を覆った掌に散った血を見て、女中達が悲鳴を上げる。


「上様!!」



ひろむの後を追い、燃え崩れる柱を潜ろうとする真咲をりおが引き留める。


泣きながら「離せ!」と叫び、炎に飛び込もうとする真咲に「無理です!」と。


「りお、頼むから離して」


「嫌です、離しません!」


大きな柱が火の粉と共に倒れ、女中たちはただ燃え上がる屋敷を見上げる事しかできなかった。

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