第57話
あれからゆうひの奥泊まりはなくなった。
所望があったとして、ひろむは辞退するつもりでいた。
だが、ふーを伴っての散歩が許されるようになり、共に庭園を歩く機会は増えた。
足の短いふーは長時間歩く事はなく、ゆうひの体力にも都合が良かった。
丁度その日は、庭園の樹木の手入れで庭師達が総出で作業をしていた。
将軍一行の姿に、庭師達は平伏して道を開ける。
庭師の中に知った顔があり、ひろむは息を呑んだが、そ知らぬ顔で俯いた。
ゆうひは庭師の前で足を止め、「面を上げよ」と。
この中に、ひろむを追って来た男が居るとなれば、それを確かめずにはおけない。
庭師達がおずおずと頭を上げる、中で一際目立つ容姿にゆうひは目を留める。
声を掛けようと、ゆうひが口を開こうとした時
「あっ」
ひろむの持つ綱に繋がれたふーが、勢い良く走り出す。
手から綱が落ち自由になったふーは、ゆうひが声を掛けようとした男に飛びついた。
尾を振り、飛び跳ねながらその男の顔を舐めるふー。
男は固まった表情ながらも、思わず笑顔になり「ふ・・・」と漏らしそうになる。
「ご無礼をお許し下さい」
平伏した男を強く見つめながら、ゆうひはひろむに「知り合いか?」と尋ねる。
「いいえ」
ゆうひは男の顔を再度上げさせ、二人の視線がぶつかり合う。
一瞬の睨み合いに空気が凍りつくが、「仕事を続けよ」とゆうひは歩を進めた。
傍らのひろむの腰に手を添え促す姿を、男はじっと拳を握り締めながら睨み付けた。
庭の東屋でふーを抱いたひろむは、見上げてくるつぶらな瞳を小さく睨む。
そんなひろむを、ゆうひは楽しそうに眺めていた。
将軍と視線を合わせるという無礼を働きながらも、正面から見据えてきた。
一目見て庭師でないと分かる、ひろむと同じ嘘の下手な男。
命を捨てる覚悟でひろむを追ってきたであろう男など、すぐに斬捨てたいところだが、それを知ったひろむの顔を思い浮かべると、できやしない。
「・・・郷に帰りたいか?」
ゆうひのあまりに穏やかな声に、ひろむはゆっくりと顔を上げた。
出会った時と変わらない、ひろむを見つめる優しい眼差し。
ひろむは黙ってそっと首を振った。
そうか、と嬉しそうに微笑むゆうひが少し羨ましかった。
愛しい人をそんな風に見つめていられたら、それだけで立っていられるのに。
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