第56話
その夜、詰所を抜け出した大和は、立ち入りを禁じられている大奥の庭へと忍んだ。
見張りに見つからない位置で、ひろむの休む部屋を眺め想いを馳せる。
ふと屋敷裏手の、格子の嵌まった飾り窓が開くのが見えた。
逸る鼓動と共に窓へ近づくと、月明かりに照らされながら、外を眺めるひろむがいた。
何を想うのか、酷く悲しげな表情で月を見上げるひろむ。
周りを見渡しながら、大和は窓に近づいた。
「お嬢さん」
窓の下に屈み込み、小さく囁く。
ひろむはふと辺りを見回すが、気が付かない。
「ここです」
大和はそっと、窓の前に姿を現した。
ひろむは目を見開き、その懐かしい姿を見つめた。
漏れそうになる声を堪え、格子越しに指先を触れ合わせる。
「お救いする手立ては整っています、もう少し待って下さい」
「大和・・・」
久しぶりに聞く、ひろむの小さな囁きを耳にし、大和は募る想いを改めて意識した。
触れた指先を強く握り締める
「その時が来たら、城の御錠口へ」
それだけ言うと、ひろむの指先にそっと口付け、大和は庭を後にした。
明るくて、いつも真っ直ぐな大和の事が、かつては好きだった。
何も変わらぬ大和の視線だったが、ひろむの心が踊る事はなかった。
重苦しい不安が募るばかりで、深い溜息をつく。
あの後、体調が戻ったというゆうひと久々に顔を合わせた。
お互いに身体を気遣うばかりで、本当に話したい事が出てこない。
穏やかに話すゆうひを前にすると、気持ちが落ち着くのは事実。
だからこそ、薬の事は騙されていたようで承伏しかねる。
気まずい沈黙に耐えかね、なぜ黙っていたのかを問い質したひろむ。
瀬奈が話したように、子の行く末を思っての事だとゆうひは言ったが、それでは何をよすがに生きていけばいいのかと。
すると遠い目をしたゆうひは、ただそこに存在し続ける事が役目なのだと話した。
ただ静かに、この時代の行く末を見守りながら生き永らえるつもりであったのに、ひろむに出会い後先なく夢中になってしまったと。
辛い思いをさせてすまなかったと言われ、また涙が溢れた。
産まれながらに宿命を背負って生きてきたゆうひの達観した想いは、ひろむの気持ちを静めはしたが、共に生きていく意義にはなり得なかった。
ひろむにとってのゆうひはただ大きくやはり遠い、それが悲しいとも感じた。
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