第55話
二人の視線がぶつかり、そして通り過ぎる。
ひろむは俯き、再び瀬奈に背を向け小さくその身を抱いた。
手を離した瀬奈は、ひろむの背中にそっと微笑みかけた。
溢れる感情に流され縋り付く姿も、気が強く屈しない姿も愛しくてたまらない。
そんなひろむの傷ついた泣き顔は、切り裂くように瀬奈の胸を締め付けた。
話した事を後悔したが、正面からひろむに向き合えない自分に与えられて当然の痛みだと思った。
「誤解しないで、上様にお会いください」
「分かった」
瀬奈はひろむに一礼すると、部屋を後にした。
その姿を目で追いながら、最早自分が泣いている理由すら分からなくなりながら、ひろむは壊れたように泣き続けた。
御台所が毒殺されかけたという噂は、人づてにひろむの故郷にも届いていた。
黒船が来航し、時代の変化は最早止めようがない。
風前の灯である将軍家に嫁いでいる、ひろむを救い出そうという動きは水面下で動き続けていた。
霧矢の家に仕官していた大和は、当主の信頼も厚い若者であった。
明るく誠実な男で、ひろむの元へ婿入りさせる事も考えていた。
そんな中大奥の女が訪れ、ひろむの輿入れの話が持ち上がり、想い合っていたであろう大和とひろむの仲は引き裂かれた。
理由はともあれ力を付けた家のためにも、大和には養子縁組の話を持ちかけたが拒否される。
ひろむを追いかけ江戸へ出るという大和を、誰も止める事はできなかった。
庭師として江戸城への潜入に成功した大和は、正体を隠し機会を伺っていた。
時に将軍に供するひろむを見かけることがあり、その垢抜けた美貌に見とれ、木の枝から足を踏み外した事も。
倒幕一派から潜入している仲間や、ひろむの次女である忍びの娘などの手引きにより、ひろむ救出の手立ては着々と進んでいた。
そんな中、御台所の毒殺騒ぎ。
救出には一刻を争う必要があると、一派はいきり立った。
何度か計画を知らせる文を送ったが、どうやら届いていないらしく反応がない。
故郷に居た頃とは別人のように艶を増し、美しく変化したひろむと、その隣に常に寄り添う将軍の姿に、大和は激しい憎しみを抱いた。
・・・必ず取り戻す。
届きそうで、手の内を掠めて奪われた想いは募るばかりで、真っ直ぐな大和の胸を締め付け続けた。
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