第54話

自分のずるさを自覚してはいたが、ゆうひから寄せられる真っ直ぐな想いは嬉しかったし、ひろむの心の拠り所でもあった。


その想いに応え、役目を全うする事が自分の存在する意味なのだとも思っていた。


包み込むような優しい眼差しのゆうひと、甘い未来を語った事はなかっただろうか。


激しく掻き抱いた腕も、熱っぽくひろむの名を繰り返した唇も、恐ろしい密約の上で為されていたのか。


瀬奈への想いとの板挟みの中、声を殺して受け入れてきた事を思い出し、ひろむは零れる涙を止められなかった。


「なんで・・・」


瀬奈に背を向け、激しく嗚咽するひろむ。


自分に与えられた運命を受け入れ、前を向いて歩んできたつもりだった。


そもそも知らぬ間に決められた輿入れ、それも政治的な思惑が絡んでいたと知り傷つきもした。


それでもこの場所に居る意味を見出し、迷いながらも立ち続けてきた。

その意味をくれたゆうひに裏切られていたと知り、全てが根底から崩れていく。


「お世継ぎの、行く末を考えられての事です」


泣き崩れるひろむの背中に、瀬奈は縋るように声を掛ける。

涙が止まらず顔を覆うひろむには、何も聞こえていない。


瀬奈は揺れるその両肩を包みこみ


「上様は、心からあなたを愛しています」


肩を抱かれ、ひろむの嗚咽が更に激しくなる。


瀬奈は耐えられず、背後から強く抱き締めた。


「泣かないで」


ひろむは、背中を抱く瀬奈の温もりと香りが何よりも苦しかった。


泣き声は止められなかったが、振り向き、包み込む瀬奈の胸に縋り付いた。

強くなる瀬奈の腕を感じながら、こんな風に顔を埋めるのは初めてだと思った。


見上げると、同じように泣きそうな表情をした瀬奈がいた。

零れ続けるひろむの涙を指で拭い、そして何かを堪えるように目を閉じ、ひろむを見ない。


ひろむは諦めたように、瀬奈の腕から逃れる。


「中途半端にするんなら」


瀬奈の瞳が見開かれ、触れた指が震える。


「もう二度と触らんといて」

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