第50話

瀬奈が薬を飲み干した事や、ひろむの回復が早かった事から、薬の内容についての噂はうやむやになった。


ただ「御台様が毒殺されかけた」という噂だけが広まった。


だが、大奥の女達にとってその手の話は珍しくないため、すぐに平穏を取り戻したかのように見えた。



ひろむは部屋に閉じこもっていた。


ゆうひに会わず、真咲やりおの言葉にも耳を貸さず、ただ物思いに耽っていた。


ひろむの目を見つめながら、薬を呷った瀬奈。

瀬奈に毒を盛られ、それを飲んで二人で死ぬのなら、それも良いと思った。


そのゾッとする想像と共に、ひろむは瀬奈への想いを自覚した。


頬に触れた指は冷たかったけれど、もっと触れて欲しくて、その手を掴んでしまいそうだった。


優しい眼差しを向けておいて、冷たく突き放す瀬奈が分からない。


都合の良いように解釈しようとする自分がいるが、本当は憎まれているのかもしれない。


確かめるのは怖かった。



ゆうひの前で醜態を晒した事も、耐えられなかった。


二人の時間、どう消そうとしても瀬奈とのあの夜が蘇る。


そんな醜い自分をゆうひには、そして瀬奈にも絶対に知られたくなかった。


恐らく、どんなひろむでも許してくれるであろうゆうひだからこそ、嘘をつくのが苦しかった。


瀬奈との事を尋ねられると罪悪感で消えたくなるのと同時に、瀬奈の中ではもう終わった事なのに、囚われ続けている自分が恥ずかしくなる。


上様のもの、と瀬奈には言われたが、心まではそうなれない。


瀬奈のものにもなれないのに、身体は忘れようとしない。


どちらに対しても顔向けできなくて、心と身体がバラバラに、壊れてしまいそうだった。



ひろむが倒れた衝撃で病が悪化したゆうひは、床に伏せていた。


悪夢にうなされ消耗し続けていたが、ひろむの無事を確認して初めて、眠る事が出来た。


「ですから、奥へのお渡りは加減されるよう申し上げました」


幾分体調が回復し、寝具の上に起き上がったゆうひの傍らで、厳しい顔をする瀬奈。


それでいて、身体を冷やさないよう、すぐにゆうひの肩に羽織を掛ける手は優しい。

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