第七話 迷路

第46話

瀬奈と共に駆けつけた御殿医の処置により、ひろむは一命を取り留めた。

容体は数日で落ち着き、自室の寝所に床が移された。


離れで起こった事とはいえ、ひろむが倒れた事は、一夜にして周知の事となった。


医師の話では「目眩の一種なので心配ない」と。


しかしそんなはずはなく、瀬奈に言いくるめられているに違いないと、真咲は思った。


瀬奈の部屋の屑篭に、薬の包み紙が捨てられていた事も調べ上げた真咲は、それを胸に留めておくことが出来なかった。


休んでいるひろむに用意される、重湯や果物の支度から目を離さず、瀬奈の動向にも目を光らせた。


その夜、瀬奈の部屋を訪ねたが不在な事が気に掛かり、暗い廊下を歩き回る真咲。


大分夜も更けた頃、夜着の上に打掛を羽織った姿で、灯りも持たずに廊下を歩く瀬奈の姿を見つけた。


あれは、越乃様のお部屋から?


真咲の姿に気づき足を止める瀬奈、いつもと違い、少し疲れた艶めかしい様子にドキッとしたが、怯まずに対峙する。


「こんな夜更けに、どうした?」


「瀬奈様、なぜあのような事を?」


「・・・あれは単なる胃薬、現にもう御台様は回復されている」


「そんなはずありません」


声を潜めながらも、瀬奈に詰め寄る真咲。


「お前にはまだ、知る必要のない事だ」


「御台様のお命に関わる話です!」


「・・・無用な詮索が誰を傷つける事になるのか、よく考えて、忘れろ」


そう言い、自室へ戻るため真咲に背を向ける瀬奈。

その背中へ


「・・・越乃様とは何のお話を?」


瀬奈は、視線だけで一瞬真咲を捉え、何も言わずに立ち去った。

真咲はその姿を見つめながら、心を決めた。


大奥へ入り、立て続けに急逝した先代、先々代の御台様。

最初からお体が弱く、閉じこもりがちのお二人ではあったが、それすらも恐ろしい想像がよぎる。


何より、あの素直で溌溂とした御台様を、大奥のドロドロとした渦に巻き込みたくなかった。


苦痛に歪んだ御台様のお顔、もう二度とあんな姿は見たくない。

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