第44話

私は身も心もひろむから離れられなくなった。


声を殺し、身動き一つしないひろむがあまりにも不自然で、もしやと思って見てみると、浴室で女官も気づかないような場所に残された小さな跡。


こんなものを、あえて残すのはあさこ以外にはいない。


そうだろうと思っていたが、今回ばかりは先に触れられた事が腹立たしい。


何度抱いても声一つ漏らさないひろむに、あさこの指示なのか?あさこには何をされた?と尋ねると、その時だけは身体を熱くして反応するのが許せなかった。


時に酷く攻めたが、泣きはしても乱れない、その強情さすら可愛らしいとしか思えない自分が滑稽だった。



ただひろむの声が聞きたくて、笑顔に会いたくて、抱き寄せて眠るだけの夜も多かった。


将軍としての立場や政務の事など頭から消え去り、ただ好きな女の元に通いつめる日々。


その甘さに、恥を晒しながらも生き永らえてきて良かった、それだけを思った。



権威の薄れた幕府の行く末が短い事は分かっていた。


そんな時勢での自分の立場、起こりえる事態は覚悟していたし、それが役目だと受け入れている。


だが、それに巻き込まれるひろむの事を思うと、いたたまれなかった。

愛しく思うからこそ、逃がしてやりたい気持ちと、離したくない気持ち。


世継ぎをとの声もあるが、子を抱くひろむの幸せそうな姿と、その後子供を襲うであろう運命を思うと考えられない。


愛しい気持ちと同じだけ苦しくもあり、初めての感情に戸惑いながらも幸せだった。



各地に広がる倒幕の動き、その一派にひろむの生家が加わっているという。


それを見越しての輿入れだったという話だが、ひろむの心中を察するに耐えない。


あさこの話によると、一派の手の者が城に潜入しているとか。

恐らく幕府の討伐と併せて、ひろむを救い出そうという事だろう。


それならそれで良いのかもしれないと思いはしたが、それが昔ひろむと懇意にあった男だと聞き耳を疑う。


ひろむとあさこの関係も気に掛かかっていたが、昔の男と聞いて胸が掻きむしられるような不快感を覚えた。


何もなかったとの話だが、ひろむの過去も未来も、考えるほどにおかしくなりそうだった。

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