第43話

望みもしないのに世継ぎと決まり、先代の死去により将軍に就任。


御台所を迎えはしたが、病弱で人嫌いな将軍に差し出された格好の娘に生気はなく、心を通わせる事はなかった。


大奥の聡明な女達が私を案じてくれたが、私の病も心にも回復の兆しはない。

二代続けて御台所が早世し、それでも生き続ける事が自分に与えられた罰なのだと理解した。


誰も信じられず、出された食べ物を口に出来なくなった私に、献身的に使えてくれる御膳所の娘もあったが、人に心を許す事がもう出来なくなっていた。


三代目の御台所は、数少ない将軍派の家臣と大奥の女達で選んだという、武家の娘だとか。


正直もう沢山だったが、将軍としての体裁を整えようと、真摯に尽くしてくれる家臣たちの気持は有難い。


ひろむが大奥へ上がり、その様子を「先立たれる心配だけはいらない」と、嬉しそうに伝えてきたあさこ。


どんな田舎娘かと気が重かったが、結婚の儀でその姿を見て私は声を失った。


今まで城や奥で出会ったどんな娘とも違う、理由は分からなかったが「違う」という事だけ確かだった。


美しい衣装を纏い、化粧で固まった、能面のような女の顔は見飽きていたが、ひろむは違った。

強い光を放つ華やかな姿に驚き、私は顔を合わせることが出来なかった。


婚儀の間中、私の姿を探して落ち着かない様子が可愛らしく、目が離せなかった。


凍り付いていた心と身体に血が通い出すような熱さ、人に心を許す事の恐ろしさを忘れた。


答えにくいであろう事を尋ねても、言葉を選びながら正直なひろむが新鮮で、いつまでも話をしていたいと思った。


何かに心を動かされる事などもうないと思っていたが、ひろむとの出会いは、今までの私の全てが崩れていくような衝撃だった。



その日の夜、私は逃げ出したいほど怖かった。

愛しいと思う娘に触れるのは初めてであったし、拒否される事を考えると耐えられなかった。


だが婚礼衣装の姿とは違い、薄化粧に髪を下ろしたひろむのあどけない顔を見ると、また違った想いに胸が震える。

白い夜着に包まれた小さな肩は震え、私の手が触れると身を硬くするのがいじらしい。


眼帯を外した私の顔を見て、ホッとしたように笑ったひろむの顔を見て、胸が熱くなった。


光が眩しいなら灯りを消せばいいというひろむが愛しくて、その眩しい身体を夢中で抱いた。

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