第38話

離れの座敷に到着した。


あの夜と違い、座敷と寝所の間の襖が開けられ、衝立を挟んでお供の控えの間が設えてある。


部屋へ入り、ひろむは気づいた。

ずっと気になっていた香り、りおの衣の香ではない、甘い花の香り。


あの晩、この部屋で焚かれていた香だったのだと。

その濃厚な香りにひろむの鼓動が早くなる。


打掛を脱がすりおを睨み、どうにか鼓動を落ち着けようと息をつくが、ますます身体が熱くなる。


揺れる灯りと、花の香り。

りおの仕業か、配置まであの夜と同じで、嫌でも思い出す。


寝具の脇に座り、ゆうひを待つ間も、嫌な予感に震えた。


ゆうひが寝所へ入り、寝具の上で「おいで」と軽く両手を広げる。

もぞもぞと傍へ寄るひろむの、火照った頬に気づいたゆうひが「どうした?」とその首筋に手を滑らすと


「あっ・・・!」


ビクッと身体を震わせ、思わず漏れた声にひろむ自身が驚く。

駄目だ。


触れられた首筋の感触がいつかの記憶を呼び覚まし、熱くなるのを止められない。


いつもと様子の違うひろむに目を奪われながら、ゆうひはふと思いついたように呟く。


「・・・あさこか」


「え?」


「・・・ここはあさこが使う事もある寝所、何か思い出しでもしたか?」


息を乱しながら、潤んだ目をそっとそらすひろむ。


ゆうひはその肩を掴み寝具に倒すと、いつになく乱暴に口付けた。

衿から手を差し込み、柔らかい胸に指を食い込ますと、震えながら反り返る身体。


「やっ・・・」


抗うひろむの腕を掴み、開いた胸に顔を埋めようとして気がつく。


ひろむの呼吸の乱れが尋常ではない事に。


「ひろむ?」


身体を丸め、全身を痙攣させるひろむに、ゆうひは蒼白となった。


「誰か!」


毒を盛られ死の淵を彷徨った記憶や、目の前で死んだ兄弟の記憶が蘇る。


意識を失うひろむを見ていられず、震え出すゆうひに駆け寄る越乃と傍付きの女中達。


「御台様!」


「早く、医者を!」

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