第37話

ひろむは後悔していた。


陽が暮れ、ゆうひと共に夕食をとりながら、たわいもない話をしていた。


月が思いのほか明るく、あの夜のことを思い出し怖いと漏らしたところ、別の寝所を用意させると。


話を聞いていると、月明かりの届かない、離れにある寝所・・・瀬奈と過ごしたあの部屋だと分かった。


今さら嫌だとも言えず、妙な胸騒ぎで一杯だった。


瀬奈とゆうひが特別な関係。

昔の話とはいえ、ひろむには目の前が真っ暗になるほどの衝撃だった。


ひろむを「上様のもの」と言った、瀬奈の本意はどうだったのだろう。


瀬奈からの執着は、上様への想いの裏返しという事はないのだろうか。


ほとんど対等に会話をする二人を見たことはある。

瀬奈を「あさこ」と呼び、心を許す上様。


その時は何とも思わなかったが、今のこの不快感は何なのだろうか。



「最近多いな」


ひろむの眉間のしわを撫でながら、ゆうひが顔を覗き込む。


「はぁ」


「何でも話せ、と言いたいところだが、いつでも聞き耳を立てられていてはそれも出来ぬか」


「そうですね・・・」


「私の傍では、安らげないか?」


上様との時間は、迷うことなく御台所として存在できる。

まだ、夫婦がどういうものなのかはよく分からないが、隣にいるのが当たり前になりつつある。


それを安らぎと呼ぶのだろうか。


「こんな風に言っていいのか分からんけど、唯一の家族やし・・・」


「家族?」


「まだ、実感はないけど・・・」


「そうか」


嬉しそうに、おそらく心から笑うゆうひを好きだと思った。


同じ想いは返せなくても、この人に嘘はつきたくない。


控えていた真咲に促され、先に寝所に移動することになった。

いつかのように先導され、離れまでの廊下を進む。


「月夜は好きだったのにな・・・」


だいぶ夜は冷えるようになり、打掛を合わせるひろむを見て真咲が言う


「御台様、体調はいかがですか?」


心配ない、とは言ったが、正直今宵は良くなかった。


悪いという程のものではないので、気にしないようにしているが、最近よく真咲は体調を気遣ってくれる。

食事の後に軽い目眩や胃痛が起こる事があるが、おそらく物思いのし過ぎではと思っている。

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