第36話

お茶の支度をし、御台様のお部屋へ行くと、越乃様がいらしていた。


また今宵も上様のお渡りがあるとの知らせであろう。


上様をはじめ、誰もが御台様に惹かれ夢中になる。

どうしたら、そんな風になれるのか。


一人で良いからそんな風に想われたい、それが叶えば他は何もいらないのに。

りおは寂しげに溜息をつく。


「よろしければ、越乃様もご一緒にどうぞ」


「いや、私は上様をお迎えする準備があるので失礼する」


部屋を出る越乃を見送り、茶の支度をしながら御台様を伺う。


お心が顔に出やすいお方、一見変わりはないが、近頃の笑顔にはいつもの晴れやかさがない。


「りお」


「はい?」


「御内証の方、って何なん?」


ああ、瀬奈様の話か・・・


りおは茶と菓子をひろむに勧め、一緒にという言葉に甘え、話を始めた。


御台様にお話しして良い話なのか分かりませんが、と前置きし


「普通は、上様のお手がついた女中を御内証と呼びますが・・・」


通常のお手つき女中にはあまり使われず、そう呼ばれるのは特別の場合。


りおはひろむに近づき、少し声を潜めて続ける


「上様の、初めてのお相手の事を、特別にそう呼んでいます」


御台様から笑顔が消えた。


「じゃぁ、瀬奈が?」


「御存知だったのですね、それもあるのか、上様は瀬奈様には唯一心を許されて・・・」


余計な事を話し過ぎたのか、御台様のあまりに厳しい表情に驚いた。


「そうか分かった、ありがとう」


上様と瀬奈様のことは御存知なかったのか。

眉間にしわを寄せ、手元の茶を睨みつける御台様。


どちらの心も御台様に向かっているのだから、良いような気もするが。

この厳しい表情は、気づいているのかいないのか、嫉妬だろう。


どちらになのか、それは御台様自身が、一番知りたい事なのかもしれない。


「今宵は満月のようですよ」

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