第35話
夜、ひろむの髪を梳きながらまりもがそっと囁いた。
「霧様、これを」
まりもが懐から取り出したのは一通の文。
ひろむは、ミミズが這ったような毛筆に目を見開く。
開封し、さっと目を通すと文を胸に抱きしめた。
「これは・・・大和の字だ」
里で、幼い頃から親しくしていた大和。
いつの間にか立派な男になって、ひろむへ想いを寄せるようになったが、何もないままひろむの結婚で終わった仲だった。
輿入れの話をした時に初めて想いを告げられ、一緒に逃げてくれとまで言われたが、後のことを考えると出来なかった。
懐かしい大和の文字に、ひろむは目を潤ませて笑った。
「文には何と?」
「わからん」
どうにも悪筆で、所々墨の滲んだ文は読めるものではなかった。
「城に入っているという手のもの・・・それが大和だという事か?」
まりもは頷き
「大和殿は、城の庭師として勤めているようです」
幕府討伐を大和や、実家の父上達が率いている。
無論、里に居たころからその手の勢力があることは知っていたし、いずれ幕府は倒れ、新しい時代が来るのだとひろむも思っていた。
それでいて将軍の元へ嫁がされたひろむ。
ここで生きていく覚悟を決めていはいたが、大和や家の事を考えるのは辛かった。
「この動き・・・瀬奈や上様は?」
「おそらく、知られているかと」
ともすれば、ひろむにまで謀反の疑いが掛かる。
この文の事を伝えるべきか・・・ひろむは文を握り締めた。
そっと現れて、まりもと目配せをするもりえとまぎい。
もりえはひろむからその文を奪うと、灯りの炎に近づけ燃やした。
「もりえ!」
「我々は何があろうと霧様の味方です」
「霧様がどんな選択をしようとも、我々は全力でお助けするのみです」
声を潜めながらも、ニヤッと笑う。
「こういう時にこそ、着いて来た甲斐があるというものです」
それで近頃とみに、薙刀や剣の稽古に熱が入っていたのか・・・
すっかり里に居たころのように、簡単に結い上げた髪と、小袖で過ごしているもりえとまぎいは逞しい。
文のことは話さない方が良いという事になった。
何も知らない振りを通し、ひろむの思う決断をすればいいと。
そういって頼もしく笑う三人を心強いと思うと同時に、大切なものがあるというのはこんなにも重いものかと思う。
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