第34話

「もうあなたは、上様のものです」


その言葉が胸に響く、痛くはない、その通りだし。


しかし確実に、刺さった場所からじわじわと腐っていくような痺れ。


瀬奈を前にすると、何かが溢れそうになる。

溢れるものが何なのか、本当は分かっている。

何を求めているのか、おぞましくてゾッとするが、瀬奈も分かっているはずだ。


この想いが何なのか、誰にどう向かっているのか、自分で自分が理解できない。


その時々に、心地良い場所を求めているだけの気がして、自分が嫌になる。


上様に抱かれる自分に、きっと瀬奈は触れないだろう。

その瞳で見つめられると、消えてなくなってしまいたくなる・・・




ゆうひとの時間は、ひろむにとって役目の一つでもあった。


ひろむへの想いを隠さないゆうひの気持ちは嬉しいし、心地良い。

愛情を感じないわけではないが、やはり立場の違いが大きいのと、役目や責任感のような気持ちが前へ出る。

それが重荷にはならない、何かを求められて成していくのは好きなのだ。


言葉や指先の温度は低いゆうひであったが、熱い眼差しから伝わる想いは、いくら鈍感なひろむにも分かる。

それを受け入れながら、同じように返せない自分がもどかしかった。


瀬奈のことを考える時間は、後ろめたくて苦しい。

ひろむが大事にする、役目や責任をないがしろにしてしまう気持ちと隣りあわせで、そうなりそうな自分を確実に感じる。


そして、瀬奈もおそらく同じような気持ちを抱いてくれているのではないかと思っている。


愛情なのか分からない、秘密を共有する共犯者のような。

言葉はなく、お互いの視線だけで伝えあうような関係。

甘くも苦くも、自分の想い次第でどうにでもなってしまうのが怖かった。

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