第19話

「ひろむか・・・私のことはゆうひと呼ぶがいい」


「はい、ゆうひ殿」


「お前は宮家の姫ではなく、外様の出だそうだな」


「はい」


「何の因果でこうなったのか、聞いているか?」


「いいえ」


「まぁ、お互い誰かの思惑の手駒に過ぎぬかも知れぬが、務めは果たすようにな」


「はい」


口調は淡々としているが、話の合間に細められる片目の表情は優しく、ひろむは安心した。


少しの時間だが、たわいもない話しをすることが出来た。

部屋の隅に置かれた籠の中に、子兎が飼われているのを見付け切り出す。


「あの・・・里から犬を連れてきました、部屋で飼ってもよろしいか?」


「その犬、今はどうしておるのだ?」


「瀬奈殿の所に居るようです」


将軍は何事かを少し思案し


「飼うのは構わぬが・・・奥は様々な怨念の渦巻く物騒な場所。あさこのところに居るならそれが一番安全だとは思うぞ」


あさこ・・・瀬奈をそう呼ばれる上様。

親しげな様子に、複雑な思いがした。


「ゆうひ様、失礼いたします」


そう言って部屋に入ってきたのは若い娘。

童女と言っても良いほどに幼い姿に、ざんばらの短い髪。


人参の入った籠を持ち、そっと将軍の傍らに座る。


「すみか、私の妻だ、挨拶を」


そう言われて、初めてひろむの姿に気がついたかのように座り直し


「お初にお目にかかります、ゆうひ様の側仕えをしております、すみかと申します」


無邪気で可愛らしい娘、こんな幼い娘まで側室なのか・・・と毒気を抜かれていると、ゆうひは笑い


「ひろ、お前の顔は正直だな。すみかは側室ではない、友達だ」


籠から兎を放し、人参をやりながらはしゃぐすみか。


それを楽しげに見るゆうひの眼はとても純粋で、きっとゆうひの言う通りなのだなと思った。


自分と、将軍であるゆうひと、兎と戯れる小さな娘。

こういう形の未来が頭をよぎり、まだ気が早いわと頬を緩めるひろむ。


江戸へ嫁ぎ、やっと自分の居場所や役目が見つかった気がして嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る