第四話 将軍
第18話
第七八代将軍徳川家飛。
幼少より病弱で人嫌いな性格との事。
二人の正室を亡くされる以前からも、ほとんど大奥へのお渡りはなかった。
今では政務に携わる事はほとんどなく、奥で側仕えの童女と兎を追いかけて遊んでばかりいるとか。
そんな噂話を聞くにつれ不安になったが、将軍付きの越乃が言うには、上様は幼い頃から世継ぎ争いに巻き込まれ、親しい者や兄弟達が道具のように殺されたりするのを目の当たりにしてきた。
お優しいが故に心が疲れておしまいになったと。
どんなお方であろうと、天下の将軍。
そしてひろむにとって夫となる男、やっとお目通りが叶う・・・
化粧を終え、婚儀のための雅やかな衣装や支度を調えて部屋から出ると、お付きの女中達が息を呑むのが分かった。
見上げるもりえ達に優しく微笑み、堂々と歩を進めるひろむの姿に、昨夜までの影や粗忽さは見当たらない。
大奥の新たな主人を、誰もが認め平伏した瞬間だった。
大奥から中を通り、城の表部分に初めて足を踏み入れたひろむ。
大勢が列を成しての、祝言の儀式や仏間での参拝。
重い装束を引き摺り歩くだけで精一杯のひろむには、将軍を伺う余裕はなかった。
大広間の宴席でやっと腰を下ろすことが出来た。
内々での宴とはいえ将軍の婚儀、家臣達が次々と口上を述べ貢物が積まれていく。
御簾の中で将軍の横に並んだが、前を向き身動きするなとの言いつけ。
広間の客人の中に、ひろむを熱っぽく見つめる知った顔があることにも気づかぬまま、しばしの時間が過ぎた。
目の前の酒や膳に手をつけることなく、客人の口上の途中にも関わらず退席した将軍に伴い広間を出る事となり、ひろむは足取り重く奥へと戻った。
装束から着替え、中奥にある将軍の部屋へ通されようやくの対面。
裃から、着流しの姿となった将軍を見上げひろむは絶句した。
細身の長身に白皙ではあるが、右目を覆う黒い眼帯が異様で思わず目をそらす。
何とか挨拶は務めたが、動揺して何を言っているのか分からない。
ひろむの知る隻眼の男は、戦や山仕事で負傷した厳つい者達ばかり。
将軍の優しげな姿と眼帯があまりにも不似合いで、不気味に思えたのだ。
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