第三話 愛憎

第12話

段取りさえ掴めば、御台所の一日は退屈。


今は様々な衣装合わせや、しきたりやらを学んだりと忙しいが、これが済んだら本当にお飾り人形のような生活になりそうだ。


食べた気のしない夕食の後、まりもに髪を梳いてもらっていると、遅い時間には珍しく真咲がやってきた。

もりえ達の顔が急に引き締まり、今度はなんだ?という風情。


「できれば、少し二人でお話がしたく・・・よろしいか?」


と、もりえを見やる。


「私達がいては出来ぬ話か?」


「そうではありませぬが・、・・御台様にお茶を」


「真咲も昼間みたく怖い顔してへんし、心配ない」


ひろむと真咲に茶を出し、三人は次の間へ移った。


真咲は隠してきたものをひろむの前に広げた、小さな花をかたどった可愛らしい砂糖菓子。

数個を懐紙に取り、ひろむに差し出すと


「これは・・・」


途端にうれしそうに目を輝かせるひろむ、


「子供のころからよく食べていた菓子だ」


真咲は、失礼いたしますとひろむに近づき


「実は私も、西の生まれで・・・」


さらに、耳元で小さく囁いた。


「ここのお菓子が大好きやねん」


「!!」


真咲の言葉に目を丸くし、じっと顔を見つめる。

くすっと笑った真咲は、いつもの澄ました姿に戻り


「ですから、お里の言葉を捨てるご苦労は分かります」


「真咲・・・」


「さあ、どうぞお一つ」


小さな菓子をモソモソ食べながら、すっかり気を緩めたひろむは、身近な者にしか見せない笑顔になる。


「真咲は、すぐに江戸の言葉に馴染めたか?」


「・・・私は貧しい家の出で、売り飛ばされるところを瀬奈様に拾っていただきました。言葉を直せと言われたら、直す以外ありませぬ」


「瀬奈・・・良いところもあるんやな」


「情の深いお方です・・・が」


真咲はふと笑顔を潜め、ひろむの両手を取る。


「御台様、瀬奈様に心を許しては・・・いえ、奪われてはなりません」


真咲の真剣な様子に、ひろむも声を潜める。


「心を・・・奪われる?」


「ああ見えてお優しい、ですが何より上様を第一にお考えのお方」


「そうみたいやな、でも・・・心は許さんと思うわ、なんかおっかないし」


そう言って笑うひろむを眩しげに見つめる真咲。

忠告したい事は沢山あるが、機嫌よくお茶をすすっているひろむを見ると、大奥の生臭い話など切り出せなくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る