第9話

女中たちにかしづかれ、入浴と着替えを済ませた。

華やかな衣装を前に、何だかんだ女中達とうまくやっているもりえたち。


大人しく座って頷いていれば万事うまくいく、虚しいながらもぼんやりしていると素締めさんがやってきた。


美しいのに、人をゾクッとさせる迫力は、人の心を見透かすようなこの瞳。


慇懃無礼な挨拶のあと、早朝からの大騒ぎ、丸聞こえでしたよと。


「ふーはどこにおるん?ここへ、一緒に置いて欲しいんやけど」


「上様のお許しを得るまで、ここへは置けませぬ」


部屋の者に番をさせているので心配はないとは言うが・・・寂しがってはいないだろうか。


「上さんとは、いつお会いできる?」


「祝言は明後日、上様はあまり表にお出ましになりませぬので、内向けでの宴となりましょう」


「聞けば、病がちだとか?早ようお顔が見たいんやけど・・・」


「今の山猿のままではお目通りは叶いませぬ」


穏やかな口調のまま言い放つ瀬奈の視線に、ぐっと言葉が詰まる。


「ところで御台様」


瀬奈は袂から小さな簪を取り出し、差し出した。

衣装箱ごと無くなった、大和から貰った簪。

優しい微笑を思い出し、思わず両手で抱きしめると


「お里で、お輿入れ前に情を交わした男などは居りませぬか?」


「なっ・・・」


「上様とのお褥の前に、確認しておかねばなりませぬから」


話す義理は無いとは思いながらも、好いた人は居たが何もなかったと告げた。


「早く、忘れておしまいなさい」


そう言って、胸に抱いた小さな簪を見やり手を出す。


一度返しておきながら、自分の手で差し出せと・・・

目を閉じ、思いを振り切りながら簪を差し出した。


瀬奈は満足そうに微笑むと、明日はお褥での決まりごとと作法を伝えるのでそのつもりで、と言い残し部屋を後にした。


寝所での作法・・・誰が、どう伝えるというのか、不安で聞き返すことが出来なかった。


将軍との顔合わせが近いことを知り、ようやく置かれた立場の大きさに震えが来る。


が、やっとありついた朝食に、箸を付けるたびに膳を下げられまた爆発。

自分の事ながら、先が思いやられるわ・・・

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