第5話

「お前が瀬奈か、こちらこそ世話になる」


その口調に真咲とりおが何か言いたげに眉根を寄せたが、構わず続けた。

虚勢を張っていないと、強い視線に呑み込まれそうになる。


「まずは瀬奈、そこの生意気な女官二人に暇を出しや」


「この二人は、いずれ上様にお目通りさせるために私の部屋で使っている者達。何か粗相が?」


「側仕えはお里の供方に任せたいと、お召替えをさせて下さりませんでした」


「我々はともかく、霧さまの事を愚弄したではないか!」


言い争うりおとまぎい、何とか収集をつけたいが、動くたびに瀬奈の視線が絡み付き、体がこわばる。


ふと、瀬奈が廊下を向き「園加いるか?」と。

すっと現われた、黒い忍びのような姿の者。


「ここか、奥の部屋に何か居るようだ」


「はっ」


まずい、と思う間もなく、衣装のつづらに隠してきた黒い影が表へ出された。


「衣装箱に豚を隠してくるとは・・」


「豚ちがう!犬やねん!」


渡来の犬種は江戸には居ないらしく、皆が薄気味悪い顔でふーを見る。


「このような異形なもの、大奥の庭に放せるとお思いだったのか?」


「放さなくても、部屋に置いておければ・・」


「上様のお許しもなく・・・」


「ふーをこちらへ!」


私は忍ばせていた懐刀を自分の喉元に当て、立ち上がった。


「ふーと、供の者達に少しでも手出ししたら死ぬで。御台所を上様に会わせる前に死なせたら、さすがの元締めさんも立場がないのと違うか?」


震えるのを隠すために、声を張り上げた。

座ったままの瀬奈は興味深そうに私を見上げると、扇子を口元に添えながら笑った。


「立ち上がったり声を荒げたり、まるで生きの良い山猿のようだ」


猿と言われ、カッと顔が熱くなる。


「でも器量は申し分ない、祝言までにどう垢抜けるか、楽しみではないか?」


後ろの二人が意味ありげにクスクス笑う。


「御台様、この犬については私に一任いただければ悪いようには致しませぬ。」


力が抜けた私はペタンと座り込む。


「それに免じて、この二人へのお咎めは、お許しいただけないでしょうか?」


白々しく頭を下げる二人、許すと言う他ないではないか。

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