エイプリルフールの嘘

 精一杯考えて、選んだ言葉。好きの気持ちが溢れすぎていないか、重くないか、しつこくないか、そっけなさすぎないか、いつも友達に送る文章と大差ないか。

 考えすぎなのは分かっていても、考えることをやめられなかった。堂々巡りの思考は、どんどん自然な言葉を導き出せなくなって、ドツボにハマっていく。

 送信する覚悟を失ってしまう前に、最後の最後は勢いで文字を打ち込んだ。

『誕生日、おめでと〜! 良き一年になりますように! トワくんがこっちにいるうちに旅行行こーね!』

 たくさんたくさん悩んで、出来うる限りのさり気なさで、シンプルな文章を送る。

 そして送信後はすぐにメッセージアプリを閉じて、他のことをして気を紛らわせようとした。

 ブランチを食べて、食器を洗って、読書をする。スマホを見ないように意識しすぎているせいで、逆に余計なことを次々に考えてしまったけれど。

 おめでとう、だけにしておけばよかったかな。一度返信があってから、改めて旅行に誘うほうが会話が繋がった?

 まあでも、もし旅行の誘いだけ既読無視されたらショックが大きいから、そんなリスキーなこと出来なかっただろうけど。

 自嘲気味に、息を吐いた。

「……やだなぁ」

 物理的に距離が離れれば平気だったはずなのに、あの日以降、ことあるごとに心と頭の中を支配されてしまう。あからさますぎる自分に、再びため息をついた。

 ドキドキしすぎた心臓が痛いのに、返信を待つこの時間は少しだけ楽しくて。

 そうやって期待した分だけ傷付くことは目に見えていても、彼にだけはなぜだか期待をしてしまう自分がいた。

 一番期待したくない人なのに、一番裏切られてきたはずなのに。

 ピロン、と通知の音が鳴る。

 即座にスマホを手に取って画面を見れば、相手はトワくん――ではなく、ハルキくんで。『あったかくなってきたし、今度散歩しに行こ!』という何気ないメッセージだった。その後も続けてメッセージが来ていたけれど、返信する気にはなれなくて、わたしはそっとスマホを置いた。

 ハルキくんは何も悪くない。悪いのは、全部、わたし。

 最低なわたしは一人で浮かれて、トワくんからのメッセージじゃなかったことにガッカリしてしまったのだ。自己嫌悪で気分が沈む。

「モモ」

 不意に呼びかけられて振り向けば、身支度を整えたお兄が立っていた。

「お兄? ど、どしたの?」

「あとで買い物行くけど、お前も行く?」

「えっ、行く行く! ちょっと待って!」

「出るのは洗濯終わってからだから、焦んなくていい」

 笑いながら、ぽんとわたしの頭に大きな手を置くと、お兄はリビングを出ていった。

 久しぶりにお兄とお出かけ! わたしはスマホをほっぽり出して、後を追うように洗面所へ向かった。

 最近はソウヤさんと遊んでばっかりで、わたしに構ってくれなかったから、たとえ買い物だけでもお兄と出かけられるのは嬉しい。

 ウキウキで歯を磨き、顔を洗って化粧をする。適当な服に着替えてリビングに行ったら、洗濯物を干しているお兄に苦笑されてしまった。その顔がなんだかソウヤさんと似ていて、思わず吹き出す。

「……なんだよニヤニヤして」

「なんでもなーい。んふふふ」

「買い物、連れてかねぇぞ」

「それはやだ!」

 出かける準備をしている間は、一時的にトワくんからの返信について忘れることが出来た。こっちの事情なんて知らないはずなのに、なんともタイミングが良い。さすがわたしの大好きなお兄である。

 諸々の身支度を一通り終えて、何気なくスマホに目をやると、ロック画面の通知欄に友達からのメッセージと、トワくんからの返信も来ているのが見てとれた。

 彼のアイコンを見た途端、思い出したかのようにどくんと心臓が跳ねる。だんだん鼓動が激しくなってきて、一度胸に手を当てて深呼吸をした。

 ロックを解除する。メッセージの内容が表示され――いつの間にか止めていた息を吐いた。

「返信はスタンプだけ、かぁ……」

 彼からの返信は『ありがとう』という動物の可愛いスタンプ、だけだった。

 旅行の部分にはノータッチ。全然計画を立てようとしないあたり、薄々気付いてはいたけれど、わたしとは旅行に行きたくないのかな。

 わたしはトワくんと一緒に行きたかったけど、そう思っていたのは去年も今年もわたしだけだったんだろう。その事実が、どうしようもなく寂しい。

 それなら、この間会った時にわざわざ旅行のことを話題に出したりしないでほしかった。思わせぶりなことをされると、すぐに期待してしまうから。

 このままじゃ、去年と同じだ。

 去年も旅行行こうねって話していて、結局それが実現することはなかった。

 だから、だからわたしは、もう一緒に遊んだりすることを諦めて、半年かけて緩やかに想いを風化させていったのに、なんでこうやってまた彼のことで悩んでいるんだろう。

 なんでわたしは、また彼を好きになっているの。

 トークルームを開いて、既読だけをつける。このスタンプになんて返せば良いのか、分からなかった。そもそも彼は返信なんて求めていないのかもしれないけど、このままやりとりが終わってしまうのはわたしが嫌だった。

 なんとなしに別のSNSを開けば、トワくんが『実は僕、今日誕生日じゃないんです』なんていうふざけたストーリーを載せていた。

「あ、そっか、今日ってエイプリルフールでもあったっけ」

 嘘つきの彼にピッタリすぎる誕生日だなと思って、無意識に口許が緩む。漫画のキャラクターみたい。

「……わたしは、トワくんのことが好き」

 今日は嘘をついてもいい日。そして、その日についた嘘は叶わない。

 どうせ叶わない想いなら、こんな気持ちは嘘に変えてしまいたかった。だから、あえてくちにした。

 思わず目頭が熱くなるのを感じて、ぎゅっと目を瞑った。瞼の裏に浮かぶのは――。


 好きになってくれる人だけを、好きになりたいなぁ。

 スマホを握りしめ、通知欄に溜まったメッセージの一つをなぞった。



――

―――

未練がましいモモなのだった。

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はりねずみのジレンマSS集 遥哉 @furann10

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