第2話
日の光が全く差すことのない埃臭い牢の中が、今のスカーレットの世界だ。
地下牢に閉じ込められて早三ヶ月が経過した。
起きている時間の大半は、聖典を読み、神に祈りを捧げて過ごしている。
時折やって来る両親や兄から誹謗中傷を浴び、殴る蹴るの暴力をふるわれた。
カビの生えていないパンがごちそうになるほど粗末な食事を二日に一度与えられた。
スカーレットはどんどんやせ衰えていった。
(わたくしは、ゆるやかに死へ向かっているのね。それとも、神の与えた試練なのかしら?)
国教の教義では自害を固く禁じられている。
“お嬢様”
スカーレットの脳裏に、赤褐色の髪を靡かせる青年の笑顔が過ぎった。
三年前まで、侯爵家に勤めていた
従僕を務めるだけあって、ジョンは長身痩躯で白皙の美青年だった。歳はスカーレットより六つ年上である。
スカーレットがお茶会を主催した時。招待した学友達は、給仕するジョンを一目見た瞬間うっとりとさせていたものだ。
リチャードが不在の時は、見事に執事の代理を務め上げたこともあった。
そんなジョンはスカーレットにとって自慢であり、初恋の相手でもあった。
だが、使用人への恋はご法度である。
どこかへ嫁ぐことなく、ジョンのいるこの侯爵家にいたいと何度も願った。
ジョンがいてくれるなら、家族の不当な扱いも耐えられる。
しかし、三年前にスカーレットが王太子アリスターの婚約者候補に上がると同時に、ジョンは突如、父によって
――わたくしを連れて行って……。
――なりません、お嬢様。
――ジョンがいなくなるのが耐えられないのです。わたくしは、貴方をお慕いしております。
――申し訳ございません。
学友の一人から借りた恋愛小説に触発されて、出て行こうとするジョンに縋り付き想いを告げた。しかし、彼はスカーレットを受け入れることはなかった。
(どうして、思い出してしまったのかしら……)
苦い失恋を思い出して、スカーレットは眉をしかめた。
ジョンは今年の誕生日で二十六歳になる。きっと誰かと添い遂げて家庭を築いていることだろう、とスカーレットは思う。もしかすると、子供がいるかもしれない。
「死ぬ前に、もう一度会いたいわ……」
目が熱くなり、雫が溢れ出さないようにスカーレットは固く瞼を閉ざした。
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