ワードパレットより

8.クーマ【向日葵・氷菓・影】――青葉


小学校三年生の夏休み

元気のない紅緒を連れ出して

秘密の向日葵畑に行った

手を引いて 川沿いの小道を歩く

普段なら「冒険みたい」とはしゃぐ彼女も

今は俯いたまま

川のせせらぎと 競うひぐらしの鳴き声

静かな私たちとは裏腹に 自然の音は煩くて

ただ、繋いだ掌に力を込めた


道中 駄菓子屋で安い氷菓を二つ買って

二人並んで 歩きながら食べた

陽の光が氷菓を容赦なく溶かすから

べたべたになった手を見せて笑えば

彼女もぎこちなく微笑んだ


木立を抜け 丘へと続く階段を駆け上がる

広がるのは夏の色

天を向いて咲き誇る 向日葵たち

隣に立つ彼女の横顔が ぱっと華やいだ

「ありがとう」と 満面の笑み

久しぶりに見た紅緒の笑顔は

まるで 大輪の向日葵のようで 私は。


帰り道 西日で伸びた彼女の影に

こっそり 自分の影を重ねた

気付かないでと 願いながら




9.メモリア【飴・名残・筆】――黄月


黄月はお姉ちゃんだから、

妹と弟の面倒をちゃんと見てあげるの

お父さんがいないから、

お母さんの代わりに家事も頑張るの

お母さんは厳しいけれど、ちゃんと頑張ればご褒美をくれる 飴と鞭が上手な人

でも、でもね お母さん

わたしが本当に欲しいのは、お金そんなものじゃない

「よく頑張ったね」って褒めて

「ありがとう」って抱きしめてほしい

妹たちが産まれる前みたいに

〝お姉ちゃん〟としてじゃなく

〝黄月わたし〟を見てほしいだけ


ある朝 枕元に置かれていたのは

ミモザの花束と、ひとひらの一筆箋

『誕生日おめでとう、黄月』

それは紛れもなく母の筆跡で 零れる笑み

部屋に残るかすかな香水の香りが名残惜しくて

深呼吸をひとつした

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魔女見習いはじめますっ!SS集 遥哉 @furann10

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