魔女見習いはじめますっ!SS集

遥哉

はじめてのチョコレート――紫苑

 今日もいつものカフェに魔女見習い五人で集まった。

 最近は襲撃が無くても五人で集まることが増えた。一緒にいるほうがヴァイスターが現れたときに都合がいいと言って、ほぼ毎日紅緒べにおが迎えに来てくれるから、私にも自然とそういう習慣がついてしまったのだ。

 飲み物の注文が終わり、紅緒がトートバッグからごそごそと何かを取り出す。

「みんな! ハッピーバレンタイン~! はい、まずは翠みどりちゃん」

「うふふ、篝かがりちゃんありがとう。素敵なラッピングね! 私からもお返しよ」

「やったー! 中身はなんだろ~? 翠ちゃんのお菓子大好き!」

 幸せそうに満面の笑みを浮かべた紅緒と嵐野あらしのさんが、可愛らしくラッピングされた包みを交換していた。ふわりと甘い香りが漂う。

 これだけなら、割といつもの光景。甘いものが好きなあの二人は、おすすめのお菓子や手作りのお菓子をプレゼントし合ったりしているのをよく見かける。

 ところで、〝はっぴーばれんたいん〟って何かしら。何かの呪文? そういえば、この時期よく耳にするわね。

「黄月きづきちゃんにはこれね!」

「わぁい! 黄月、チョコ大好き~! におーちゃんありがとっ」

 包みを受け取った山吹やまぶきさんが無邪気な仕草でぎゅっと紅緒に抱き着く。そして、子どもがお母さんにするみたいに胸へと顔をうずめた。

 照れたように笑う紅緒は、幼げな彼女の頭を優しく撫でる。

 その光景を見て、昔の、優しかったころの母の表情がうっすらと脳裏に浮かんで、消えた。

 いつまでも紅緒にしがみついたままの山吹さんの頭に拳骨を落す水琴みことさんと、それをなだめる紅緒と嵐野さん。

 少し。

 少しだけ、友達がいたらこんな風なのかなと思った。


「青葉あおばにはもう渡したから、最後は紫苑しおんちゃん!」

 はい、と笑顔と共に渡されたのは、嵐野さんと山吹さんに渡していたもの同じく、可愛らしくラッピングされた包み。ああ、でもよく見ると、リボンの色がそれぞれ緑、黄、紫と分けられている。私のは、紫。

「紅緒、これは?」

「チョコレートだよ。バレンタインだからね! あれ、もしかして紫苑ちゃん、チョコレート嫌いだった?」

「チョコ、レート……?」

「どしたの?」

 〝チョコレート〟。それは惚れ薬や媚薬の一種。

 古くから、意中の相手を射止めるためや、より強い快楽を呼び起こすために使用される、甘い甘い薬。中毒性もあり、常用は危険。

 脳内で魔法界の知識をザッと思い浮かべて、血の気が引いた。

 気付けば、きょとんとした顔で私を覗き込む紅緒に、思わず包みを突き返していた。

「受け取れないわ、こんなもの」

 一瞬の間。紅緒は驚いたように瞬きを繰り返す。

 ガンッと机に蹴られたような衝撃があって、目線だけでそちらを見た。

「こんなもの? 紫苑、断るにしたって言い方ってもんがあるんじゃないの」

 水琴さんが腕を組んで、睨みつけてくる。でもそんなことは無視して、紅緒に視線を戻した。

「紅緒、どういうつもり? こんなものを複数人に配るだなんて、貴女どうかしているわ」

「ご、ごめんなさい。紫苑ちゃんがそんなにチョコ嫌いだって知らなくて……」

「好きとか嫌いとかの問題じゃない。あなたの倫理観の問題よ」

 女ばかりにチョコレートを配り歩いて、一体何をするつもりだと言うの。紅緒、貴女がそんなふしだらで猥みだりがましい人だとは知らなかったわ。

『しおん おちつきなよ』

「あなたは黙って」

『しおん にんげんかいではね ちょこれーとに びやくのこうかはないんだよ』

「な……っ」

 ディーヴァたまが衝撃の事実を口にした。

 こちらの世界では、チョコレートはただのお菓子でしかなく、魔法界のそれのような強制力はないから安全だということ。

 チョコレートに含まれる成分が恋のドキドキと錯覚させたり、幸福感を覚えさせることはあっても、本人の意思を無視できるほどの効力はないし、媚薬としての効果も見られないということ。

 そこまで説明したディーヴァたまはヤレヤレ、というように首を振り、ふよんふよんと紅緒のそばに移動する。

 紅緒は俯いていて、表情が見えない。

 私は衝動的に立ち上がっていた。

「べ、紅緒。ごめ――」

 謝罪の言葉を最後まで言うことは出来なかった。


『みんな やつらヴァイスター だ』

 ドォォォンと地鳴りのような音が響く。ディーヴァたまのお腹の目がカッと見開かれ、そこから伸びた光が西側の壁を示した。

 私たち五人はすぐに店の外に出て、魔女見習いの衣装に変化する。それぞれ箒に飛び乗って、街を支配せんとするヴァイスターの元へ急いだ。

 紅緒に謝るタイミングを逃してしまった事を悔やみながら、魔法を発動する。

 陽の光の元では弱くなってしまう闇魔法だけれど、使い所を間違えなければ問題ない。

 うさぎの耳にくまの顔、背中には蝶の羽が生えたヴァイスターの巨大人形を視認し、その体に出来た影を視覚で捉える。手早く座標を割り出し、記憶する。

そして手近な影を見付け、その中に入り込んだ圏。

「ちっ、紫苑あんた……!」

 水琴さんの声が後ろから追ってくる。けれど、とぷんと影に入り込み、闇と一体化した私にはそれ以上何も聞こえなかった。

 闇属性を持つ私は、表の世界を箒で移動するよりもこうした方がよっぽど早く移動出来る。消費が激しいから、乱発は出来ないけれど。

 記憶した座標まで闇の中を伝い、周囲の闇から槍をいくつか作り出しておく。

 表の世界に出ると同時に、闇の槍を人形に突き立てた。けたたましい叫び声を上げる人形。私は冷静に残りの闇槍で追撃する。

 しかし相手もただやられるばかりでは無い。凶悪な呻き声をあげながら、攻撃態勢に入る。私をターゲットに定めたらしい。

 反撃を食らう前に素早く退避し、詠唱に入る。

 紅緒たちはまだこない。やっぱり、あの子たちに魔女なんて務まるはずがないんだわ。

 箒の上に立ち、掌を人形に向けて両腕を突き出す。

「《闇弾・撃》」

 両掌からどこまでも深い闇色の球体が次々に撃ち出されていく。人形にぶつかった弾はぎゅるぎゅると螺旋状に回転し、無数の風穴を開けた。

 人形は右腕を振り上げたままの姿で、なすがまま。

 ……おかしいわ。あまりに手応えがない。

「紫苑ちゃん、後ろっ……!」

 紅緒の叫び声。振り返る。

 そこには、二回り以上小さくなった人形がいた。

 頭から腹までが縦に真っ二つに開き、その中から幾重にも折り重なった鋭い牙が覗く。今にも私に噛み付かんとする大きな口が、迫ってきていた。

 認識した瞬間、慌てて防御魔法の詠唱を始める。

 ――でも、だめだわ、これは間に合わない!

「《風纏い》」

「《水膜》」

 ふわりと風が頬を撫で、髪を、服を、靡かせていく。人形は、目の前に現れた水の膜に激突し、衝撃で跳ね返って飛んで行った。

 この、魔法は……。

「大丈夫だった? 闇目やみめちゃん」

「一人で特攻するの、ほんと迷惑だからやめてくれない?」

 近付いてきたのは嵐野さんと水琴さん。この二人の魔法のおかげで助かったのね。

 飛んで行った人形は紅緒と山吹さんが止めを刺していた。地魔法で閉じ込めて、それを火魔法で爆発させるという方法で。

 相変わらず、紅緒の魔法は派手ね。

 遠くでハイタッチをする二人を横目に、私は頭を下げた。

「嵐野さん、水琴さん。ありがとう」

「いいのよ~。仲間だもの。ねぇ、水琴ちゃん?」

「……まぁ。真っ先にあんたの危機を察した紅緒に感謝しなよ」

 紅緒が? 私は勘違いで酷いことを言ってしまったのに?

 使命を果たす為とは分かっていても、私を見捨てないでくれたことが嬉しかった。


 すぐに処理を終わらせた紅緒と山吹さんもこちらにやってきた。人形の動力源である宝玉も、きちんと回収出来たみたいね。

 山吹さんがはしゃいで宝玉を見せようとして落としそうになり、水琴さんにこっぴどく叱られていた。

「本当に落としたらどうするつもり? さっさと翠に預けな」

「黄月、落とさないもん! みこちのおにばば……」

「あ?」

「きゃー! 怒ったー!」

 山吹さんはぴゃーっと紅緒の影に隠れる。紅緒は困った顔をしながら、水琴さんを宥めていた。

 ああ、いいな。幼い頃に望んでいた輪の中に、今は自分もいる。夕日に照らされたその光景を、心の中に刻んだ。


 今回の騒動は一応収束した。私たちはまだ見習いだから、後処理は魔女であるおばあ様がして下さることになっている。

 変化を解いて、制服姿に戻った私たちはカフェに戻ってきていた。私たちが出ていった時のままの席に座り、さっきの続きとばかりに嵐野さんからのお菓子も配られる。

「紅緒」

「なぁに、紫苑ちゃん」

「さっきは、本当にごめんなさい」

 言い終わるやいなや、頭を下げた。勢いがつきすぎて、机に頭をぶつけてしまった。

「あ、頭上げて! わたしは全然気にしてないから、紫苑ちゃんもそんなに気にしなくていいんだよ!」

 恐る恐る顔を上げる。言葉ではそう言っていても、本音は顔に出てしまうものだと知っているから。

 紅緒は、本当に気にしていないみたいにいつも通りだった。私が素直に顔を上げたからか、ほっとしたように笑顔を見せる。

「ねぇ、紫苑ちゃんは、チョコレートが嫌い?」

「……食べたことがないから、分からないわ」

「あ、そっか。じゃあ――」

 しゅるしゅると解かれていく紫のリボン。私に渡す予定だった包みの中身を、細く白い指先でつまんで取り出した。

 それは、球体の形をしていて、茶色い粉でコーティングされているようだった。私の知っているチョコレートとは、見た目も全然違う。

「口開けて?」

「な……んむっ」

 一瞬の隙をついて、紅緒の手ずからチョコレートを口に押し込まれた。

 途端に感じたのは、口腔から鼻に抜ける甘い香りと、少しの苦み。柔らかくなったそれを舌で包むように押し潰せば、易く溶けて甘みがとろりと広がった。

 脳が蕩けてしまいそうな程、幸福感と満足感を覚える。

 なに、これ。とても、とっても……。

「美味しい……!」

「あはは、よかった~。じゃあ紫苑ちゃん、これ貰ってくれる?」

「ええ、勿論よ」

 紅緒がリボンを結びなおして差し出してくれた包みを、今度は大切に、大切に受け取った。

 可愛くラッピングされた包みから、甘いチョコレートの香りが漂ってきて、自然と頬が緩んでしまう。

「あー、もう! 紫苑ちゃんは可愛いなぁ! 好きー!」

 ドクンと心臓が跳ねた。好き。紅緒が、私を?

「ちょっと紅緒、隣で暴れないで」

「だって~! 青葉も見たでしょ、紫苑ちゃんの可愛い笑顔!」

「見たけど。別に……」

「におーちゃん! 黄月は? 黄月のこともすきー?」

 周囲の音はほとんど聞こえなくなっていた。

 紅緒は何気なく言った一言なのかもしれないけれど、〝好き〟という二文字が頭の中に反響して、胸の鼓動がひたすらに煩かった。

 でもこれは、きっとチョコレートを食べた影響で。

 やっぱり、人間界のチョコレートにも惚れ薬としての効能があるんだわ。そうに違いない。そうでなければ、おかしいもの。

 私が紅緒に、特別な感情を抱いてるだなんて。

 そんなわけが無いと自分に言い聞かせた。



――

―――

こちらは自創作『魔女見習い始めますっ!』のSSとなります。

バレンタイン用に書いたもの。

軽度の百合描写があります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る