青い冬
須藤美保
第1話
高校3年の冬の始まりに、初恋のあの人の横顔を思い出させる人を見付けてしまった。
彼の名前は、
「
加治くんがこちらを向いて急に話しかけられ、一瞬心臓が口から飛び出るかと思った。
「え?」
私が、意味がわからずそう言うと、
「大学行くの?」
と加治くんに言われて、
「ううん、専門学校」
と答えた。橋本くんと進学の話をしていたらしい。加治くんは、ふーんと言って、
「上村さん、頭良いのにもったいないね」
と言った。
「そんな事ないよ」
私が、なんで加治くんが、私の成績を知ってるんだろうと思いながら言うと、
「俺も専門学校かなー。大学受かる気がしない」
と言った。私が笑いながら、
「私も」
と言うと、加治くんに、
「上村さんとは、仲良くなれそう」
と言われた。多分私は、赤面していたと思う。顔が、熱くなった。真正面から見る加治くんは、先輩には、似ていなかった。でも心臓のドキドキは、止まらなかった。
加治くんは、席が隣だからか、事あるごとに私に話しかけてきた。その話の中で、本屋さんで、バイトしている事を知った。私の住んでる家の最寄りの地下鉄の駅から、1つ離れた駅の、たまに訪れる事があるお店だった。
席替えから、2週間くらい経った、ある日の月曜の放課後、私が帰る準備をしていると、
「ねえ上村さん、LINE交換しようよ」
加治くんから言われた。私は頷くと、スマホを出して、IDの交換をした。
「上村さんは、どこに住んでるの?」
加治くんに言われて、
「元町」
と答えると、
「俺、栄町。同じ方向じゃん、一緒に帰る?あ、誰かと帰るか」
「いつも一人、一緒に帰ろう」
と言って、私は、リュックを背負った。
校舎を出て下校中、バスの椅子に並んで座り揺られながら、加治くんが、
「上村さんって、結構話しづらい人かと思ってた。誤解してた」
「中学の時、いじめられてたからね。友達を上手く作れないんだよね」
「そうだったんだ。高校にちゃんと通ってるの偉いね、頑張ったんだね」
と言いながら、加治くんは右手で、私の頭をポンポンするフリをした。
「自分でも、信じられないけど、なんだかんだ3年生になれてた。友達いないけど」
「俺、結構上村さんの友達だと思っちゃってるけど、OK?」
「3年になって、LINE交換したの加治くんが、初めて」
「マヂか、貴重な存在ね、俺って」
「そうだね」
バスが、終点の地下鉄の駅に着き降りると、加治くんと地下鉄のコンコースを歩きながら、私から、
「今度、バイトしているとこ見に行ってもいい?」
と聞くと、
「ああ、良いよ。場所わかる?」
「うん、行った事ある」
「来る時、LINEして」
「わかった」
私達は、地下鉄に乗り換えると、私が先に元町駅で降りる。私が、手を振りながら、
「加治くんバイバイ」
というと、加治くんも手を振って、
「バイバイ、また明日」
と別れた。
家に着いて、手洗いをして、2階の自室に入り、スマホを見ると、加治くんからメッセージが来ていた。
『今日バイト。だいたい5時から9時だから』
『わかった、わざわざありがとう』
私が送ると、加治くんから、ペコリとしてる可愛いキャラのスタンプが送られてきた。
加治くんは、とても好青年で、びっくりしている。モテるだろうなーと思っていた。私の淡い恋心が、バレない事を、祈った。
私は、本当に友達が少ない。今通ってる高校で、1年の時に仲良くしてた女子たちがいたけれど、あまり相性が良くなかったのか、2年になってクラスが変わってから、疎遠になって、全く喋らなくなった。部活も入っていないので、余計に友達ができなかった。専ら近所に住んでて幼馴染みの違う高校に行っている、同い年の
中学のいじめられた時も、助けてくれたのは、彼女だけだった。佳世ちゃんと同じ高校に進みたかったが、彼女は頭が良く、超進学校に通っている。佳世ちゃんにLINEを送ってみた。
『先輩に横顔が似てる男子に出会っちゃった』
そう送ると、制服から、普段着に着替えた。
『例のラグビー部の?』
佳世ちゃんから返事がきた。私は、ベッドに寝転がり、
『そうそう。すごく良い人。モテそうだけど』
そう送ると、
『
と佳世ちゃんから返事がきた。そう、いじめの原因。女の嫉妬ほど怖いものはない。中2の時、何やら、私の事を好きな男子がいて、その男子の事を好きなコから、私の靴を捨てられたり、ジャージににマヨネーズをかけられたり、いやがらせを散々されていた。佳世ちゃんが続けて、
『告ってみたら?ラグビー部の先輩の時みたいに、後悔しないように』
『でも、今の関係を壊したくないなー』
『そっか、でも当たって砕けろ!告白しないで後悔する方が、引きずると思うよ』
『そうだね、告ってみようかな?』
佳世ちゃんから、ファイト!のスタンプが送られてきた。
佳世ちゃんに、強く背中を押された私は、加治くんに、今すぐ会いたい気持ちが溢れて、LINEにメッセージを送る事にした。
『今から、バイトの様子見に行っていい?』
と送ってしまった。
時計は、7時を回っていた。母親に、
「ちょっと本屋行ってくる」
と言い、晩ごはんをどうするか聞かれたが、
「帰って来てから食べる」
と言って、とりあえず家を出た。外の寒さが一層身にしみた。加治くんからの返事がなかったけれど、地下鉄に乗って新道東で降り、加治くんのバイトしている本屋さんに向かった。
暖かい店内に入ると、レジカウンターの横で、コミックを袋詰めしている加治くんを見付けた。
「加治くん!」
声をかけると、加治くんがビクっとして振り向いた。驚いたようだった。
「上村さん、来てくれたんだ」
「うん、欲しい雑誌あったから」
嘘をついた。加治くんが、左手につけてるG-SHOCKを見て、
「あと1時間くらい、そこのファミレスで待てる?」
と向かいのファミレスを指差し聞かれたので、
「うん」
といい、そんなに欲しくもなかった美容雑誌を購入して、ファミレスで加治くんを待つことにした。
本屋を後にして、ファミレスに入り、
「待ち合わせです」
と店員に言うと、窓際の4名席に案内された。注文は後でと言い、美容雑誌をペラペラと見ていた。
9時ちょっと過ぎに、加治くんはファミレスに現れた。
「おまたせ。あれ?なんか頼めば良かったのに」
テーブルの上にお水しかなかったので、加治くんが言った。
「うん」
私達は、ドリンクバーを注文して、私はアイスティー、加治くんはホットコーヒーを持ってきた。
「こんな遅くに、家の人大丈夫?帰り送るね」
加治くんが言った。
「ありがとう」
私は言い、アイスティーを一口飲むと、加治くんの目を見て、静かに、
「加治くん、私を加治くんの彼女にしてほしい」
ストレートに言った。加治くんは、え?という顔で、私を見た。続けて、
「加治くんの横顔が、切なくて、どうしていいかわからない」
加治くんは、少し困った顔で、話し始めた。
「実は、今教習所通ってるんだけど、そこで出会った、年上の人と付き合ってる」
加治くんは、そう言いながら、申し訳無さそうな顔で私を見ていた。
「そっか、私は1ミリもない?」
私が言うと、
「気持ちは、すごく嬉しいけど、彼女は裏切れない」
と加治くんは、言った。そして、
「俺、男女の友情って、あると思うんだ、上村さんは、大事な友達と思ってる」
「そっか、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
「これからも、友達として、接してほしい」
加治くんは、笑顔で言うと、私は、頷いて、その笑顔を見て、我慢出来なくて泣いた。
「あーマヂかー、泣かないで?」
加治くんが困ってるのが面白くなって、
「嬉し泣きだよ」
と、誤魔化した。すると加治くんが、
「びっくりした」
といい、私が、笑顔で、
「彼女、私より可愛い?」
と聞くと、加治くんが、
「うーん、上村さんとは、違うタイプの可愛いこ」
と言った。
「ふーん、そうかー、ちょっと自信あったんだけどなー」
私が言うと、冗談かどうかわからない口調で、
「ズルい答えかもしれないけど、フリーだったら、付き合ってた」
と加治くんが、言った。
「それは、ズルいよ」
私は、笑った。振られたが、ちょっと嬉しかった。
「加治くん、昔好きだった先輩に、横顔が似てたんだ」
「そうなんだ」
「一方的に見てるだけで、性格とかは知らなかったけど、初恋かな?」
飲み物を飲み終えて、二人でドリンクバーでおかわりを注いでいると、加治くんが、
「これ飲み終わったら、送るね」
と言ってくれたので、私は、
「うん、ありがとう」
と言った。
それから二人で、何故か小学生の時に習った、地元の偉人の話で盛り上がった。楽しかった。
「あー、懐かしいな、久々に笑った」
加治くんが言うと、私が、
「面白かった」
と言い、加治くんが
「そろそろ、帰ろうか」
とお会計を済まそうとしたので、私が、
「ワリカンね」
と言って、加治くんに小銭を渡した。
「うん」
加治くんは受け取ると、レジカウンターに行き会計を済ませた。
ファミレスを出ると、外は一段と冷え込んでいた。地下鉄の駅に着き電車に乗ると、並んで座り、
「今日は、楽しかった」
と加治くんが言ったので、私も、
「幼馴染みと話してるみたいで、楽しかった」
と言った。
元町駅に着くと、加治くんも降りようとしたので、
「ここでいいよ」
と私は言ったけど、
「遅いから、家まで送る」
と言って、一緒に降りて、改札に向かった。
地上に出て、二人で歩いていると、私は、
「うち、歩いて5分くらいだよ」
と言った。加治くんは、
「近いんだ」
加治くんは、さり気なく歩道の車道側を歩いていた。
「加治くん、優しいよね」
私が言うと、
「普通だよ」
とニコっと笑いながら、私に言った。
「学校に行くの、楽しみになったかも。今までただ卒業するために行ってたけど、加治くんにもっと早く出会いたかったな」
私は、ちょっと見えてきた我が家の方を見ながら、ひとりごとのように言った。
「俺クラスで存在薄かった?」
加治くんが言ったので、
「そんな事ないけど、男子と仲良くなれるとか思ってなかった」
私が言うと、加治くんが、
「俺は、上村さんの事、気になってたよ、いつも一人だなーって思ってた」
と言った。
「逆に目立ってた?」
私が笑うと、
「そうだね、淋しそうに見えた」
「そっか、うちここ」
私が我が家を指差すと、続けて、
「送ってくれて、ありがとう」
と言った。
「どういたしまして、じゃあ、また明日」
「うん、バイバイ」
私が手を降ると、加治くんも手を降って振り返り、来た道を戻って行った。
家に入ると、母に、
「遅い」
と怒られた。
食事を済ませて、シャワーを浴び、自室に戻ると、佳世ちゃんにLINEで、
『彼女いるんだって!フラレたー』
と送った。
ベッドに潜ると、眠れそうにないので、You Tubeで、仔猫の動画を観ていた。癒やされたけど、悲しくなって、少し泣いた。
しばらくすると、スマホの画面に佳世ちゃんから、
『そっか、残念』
とメッセージの通知が来た。返事が思い付かなかったので、既読にならないようにして、動画を観ていた。
気付くといつの間にか寝ていて、夜中の1時頃に目が覚めた。部屋の照明がつけっぱなしだったので消して、またベッドに潜った。だけど眠気は、やってこなかった。
次の日の朝、学校へ向かう地下鉄のバス停で、加治くんに会った。加治くんは、私に気付くと、
「おはよう」
と声をかけてくれた。私も、
「おはよう」
と言い、混んでいるバスに一緒に乗り込んだ。私が無言でいると、
「上村さん、昨日寝れた?」
と聞かれた。私が、
「どうして?」
と聞くと、
「ちょっと目が赤い」
と言われた。私は、
「You Tube見過ぎたかな?」
と、誤魔化した。加治くんは、
「そっか」
と言い、会話が終わってしまった。
しばらくして、学校のバス停に着き、教室に入ると、加治くんは、いろんな人に、
「おはよう」
を言っていた。そういえば私、教室に入っても、クラスメイトにおはようって、言ってこなかったなと思った。もう、高校生活も終わるのに、今頃気づくなんて、ちょっと後悔の気持ちが溢れてきた。
「上村さん、どうしたの?」
席についた私に加治くんが、心配そうに声をかけてきた。私は少し泣いていた。
「ううん、大丈夫だよ」
私は、ハンカチで、涙を拭いた。
その日は、気持ちが上がる事がなく、気付いたら放課後になっていて、また加治くんが、
「上村さん、一緒に帰ろう」
と声をかけてくれた。
「うん」
私は頷くと、リュックを背負った。すると、
「二人って、付き合ってたっけ?」
と橋本くんに聞かれた。
「違うよ、家が近いだけ」
と私が言うと、加治くんも、
「最近、近所って、わかってね」
と言った。それを聞いた橋本くんは、
「ふーん」
と言って、教室を出て行った。
「単純なヤツ、行こう行こう!」
加治くんは言うと、私の上着の袖を引っ張った。
またバスで、加治くんと並んで座ると、
「上村さんって、音楽とか聴く?どんなの聴くの?」
と聞かれたので、
「うーん、今は、BUMPとか聴く」
と答えると、加治くんが私の顔を覗いて、
「マヂか!俺も聴く!」
と嬉しそうに言った。続けて、
「LIVE、チケット取れたら一緒に行かない?」
と言い出した。
「えー?彼女と行きなよ」
私が言うと、
「誘ったけど、興味無いみたいで」
と言った。
「あんまり、良くないんじゃない?私が彼女だったら、嫌だな」
「そっか」
加治くんは、反省しているのか、肩を落として言った。そして、
「彼女が、いいって、言ってくれたら一緒に行ってくれる?」
と言った。
「そんなに行きたいの?」
「上村さん、行きたくないの?」
「行ってみたいけど。きっと許してもらえないと思う。それか、本心は嫌だけど、気を遣って、いいって言ってくれるか」
そう私が言うと、加治くんは、スマホを出して、いじり始めた。私が黙っていると、
「彼女に、LINEで聞いてる」
と、言った。しばらく、お互い無言で、地下鉄の駅に着いた。
バスを降りると、加治くんが、
「ほら!」
と言って加治くんのスマホの画面を私に見せた。そこには、
『BUMPのLIVE行きたいんだけど、上村さんって女子の友達と行ってもいい?』
『あおが行きたいならいいよ』
というLINEのやり取りが、あった。年上の余裕か。少しすると、
『あお、その上村さんの事、好きになったんでしょ?』
と、彼女から来ていた。なので、私が、
「ほら!」
と、加治くんのスマホの画面を加治くんの方にくるっと向けた。すると加治くんの顔が青ざめた。
「彼女、傷ついたんじゃない?」
私が言うと、加治くんは画面を見つめて、メッセージを送っているようだった。
「私、先に帰るね」
私はそう言うと、立ち尽くす加治くんを置いて、地下鉄の改札に向かった。これでいいんだと、思った。あまり、踏み込まない方がいい。明日から、加治くんとは、普通にクラスメイトとして付き合って行こうと思った。
家に着き、自室に入って、スマホを見ると、加治くんから、
『さっきは、ごめんなさい』
とLINEのメッセージが来ていた。
『俺が、甘かった。彼女にも謝った。これからは、普通に仲良いクラスメイトでいてください』
なんだか、思ってた事が、メッセージで来てしまったら、もう友達じゃない事が、悲しくなって、涙が出た。そう、ただのクラスメイトに戻るだけ。
次の日も加治くんとは、おはようの挨拶はしたけれど、加治くんが、前みたいに、話しかけくる事はなくなった。私はまた、友達がいないひとりの世界に戻っていった。
もうみんな、進学先が決まり、卒業式が1週間後に近付いた昼食の時間に、加治くんから、
「上村さん、記念に一緒に写真撮ろうよ!」
と言われた。
「うんいいよ」
私は答えると、加治くんは、スマホを橋本くんに渡して、私とツーショットの写真を撮った。
「上村のは?」
橋本くんに言われて、私もスマホを渡し、加治くんとのツーショットを撮ってもらった。スマホを返してもらい、写真を見たが、加治くんは満面の笑顔なのに、私は真顔で、可愛気が全くなかった。なんだろう?加治くんがなんであんなに笑顔なのか、さっぱりわからなかった。
「え、待って。橋本も1回撮って」
加治くんも自分のスマホを見ながら言った。
「上村さん、笑ってよ。大友亀太郎の話した時みたいに。笑顔になるまで、何回も撮るよ!」
と言った。
「もう、さっき撮ったからいいじゃん」
私は言うと、加治くんは、
「俺が嫌だ。上村さんの笑顔好きだから」
といい、橋本くんに自分のスマホを渡すと、橋本くんも、
「上村ー、笑ってー」
と言って、私と加治くんにスマホのカメラを向けた。仕方なく少し微笑むと、橋本くんに、
「笑顔が固い、はいえがおー」
と言われ、なんだか馬鹿馬鹿しい気分になって、笑っていた。その瞬間を、橋本くんが撮ったらしく、加治くんにスマホの画面を見せると、加治くんは納得したようで、
「この写真、LINEに送るね」
と、私のスマホに今撮ってもらった写真を送ってきた。加治くんは、やっぱり満面の笑顔で、私も笑顔になっていた。
この写真が唯一の加治くんとツーショットの写真だ。卒業したら、また疎遠になって、加治くんの事も、忘れて行くんだろうなぁと思っていた。
『さようなら加治くん、好きだったよ。彼女と仲良くね』
私は、LINEで加治くんに、そう送ると、加治くんからは、
『好きになってくれて、ありがとうね』
と返事がきた。
私の淡い恋は、これで終わった。
おわり
青い冬 須藤美保 @ayoua_0730
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