第2話
絵斗は、車を石狩街道に向かって、海の方向へ走り出した。車の中は無音で、ワイパーの定期的に動く音が響いていた。途中、私の住んでるアパートが見えて、ちょうど信号が赤になって止まったので、
「私のアパート、その4階建てです」
と、指を差した。
「わかった、覚えたよ」
絵斗は言うと、信号が青になった。そして、静かに、話し始めた。
「俺、正直に言うと、ひとめぼれなんてない、って思ってたタイプ。でも今日は、違った。目が合った時、変な言い方かもしれないけど、もう番場さんの事、独り占めしたいって、思ってた。番場さんは?俺の事、どう思った?」
絵斗は、ハンドルを握りながら、そう言った。
「凪でいいですよ、呼び方。私も、なんだろう?胸がキュっとして、例えて言うなら、心のコップに、田川さんへの気持ちが溢れそうになりました。そのコップを持っていられないくらいの感覚でした。でも、いいのかな?って」
「俺も絵斗って呼んで。それってさ、何ていうんだろう?恋に墜ちた瞬間なのかな?」
「きっとそうだと思います。巡り会えたんだと思います」
私がそう言うと絵斗は、
「こんな事って、現実であるんだね。きっと俺は、凪を探してたんだな」
「私も。きっと絵斗を見付けたんです」
外はまだ雨が降り続いていた。
「絵斗って、珍しい名前ですね。由来って知ってますか?」
私が聞くと、絵斗は、ちょっと笑いながら、
「両親とも、絵を描く人で、付けたらしいよ。母親は、中学の美術の先生だった」
「素敵な名前だと思います」
「凪も素敵だと思う」
「産まれた病院が、海の近くで、私が産まれた時、とても波が、静かだったからって、言ってました」
私が話し終わると同時に、絵斗のスマホが鳴った。
「ごめん、ちょっと車、停めるね」
絵斗は言うと、ゆっくり路肩に車を停めて、電話に出た。しばらく話すと、
「ごめん、ちょっとミスがあって、会社行かなきゃいけない。家に送るね」
「そう、わかりました」
私が頷くと絵斗は、車をUターンさせ、今来た道を戻って行った。
私の家に着くまで、雨は霧雨のようになっていた。
「敬語は、もういいよ。仕事終わったら、連絡してもいい?」
絵斗は言うと、
「はい、待ってます」
絵斗は笑いながら、
「敬語になってる」
と言い、私の頭を撫でた。
「急には、難しい」
私も笑うと、家に着き、絵斗は、
「じゃあ、また後で」
と言ったので、私は小さく手を振り、
「わかった、気をつけて」
と車を降りた。
絵斗を見送ると、階段を上り自分の部屋に帰った。部屋の時計を見ると8時半だった。時間が、あっという間に過ぎていた。
絵斗は、キレイな二重をしていた。私は奥二重なので、羨ましかった。身長は、私より、少し高いくらい。顔に惹かれたのかな?やっぱり第一印象は、大切だろうなと思った。タオルを貸してくれるくらいだから、優しい人なんだろう。話し方も穏やかで、落ち着いている感じ。メイクを落として、シャワーを浴び、絵斗からの連絡を待った。
ベッドに横たわって、何をするでもなく、スマホを見て、うとうとしていると、絵斗から、LINEの通知が来た。10時になっていた。
『さっきは、ごめんね。仕事終わった』
私は、おつかれさまですのスタンプを送り、
『ちょっと、うとうとしてた』
と返信した。
『もっと、凪とゆっくり話したい、明日とか、空いてたら会わない?』
『私も会いたい』
『仕事は何時まで?』
『明日は、休みだし予定も無いから、何時でも大丈夫』
『マジか、俺も休み。ランチでも行こうか?』
『いいね』
『イタリアンでもいい?』
私が、OKのスタンプを送ると、
『凪の部屋に、11時に迎えに行くから、待ってて』
『うん、待ってる、部屋は、401だよ』
そう送ると、絵斗から、
『眠い?』
と聞かれ、
『少し』
と送った。
『じゃあ寝ようか、おやすみ』
『おやすみなさい、また明日』
と送ると、部屋の照明を消し、眠りについた。
次の日は、8時に目が覚めた。夢を見る事もなく、よく眠れた。簡単な朝食をとり、いつものように出掛ける準備をした。スマホには、絵斗からのおはようのスタンプが来ていて、私もおはようのスタンプを送ると、
『めっちゃいい夢見た』
と絵斗から来たので、
『どんな夢?』
と送ると、
『内緒。凪は?なんか夢見た?』
『ううん、見てない』
『そっか』
『内容気になるー』
『正夢になってほしいから、言わない』
『いい夢だったんだね』
『ホントは、早く凪を俺の部屋に呼びたい』
『どうして?』
『内緒』
『絵斗は、内緒が好きね』
『まあね、11時に迎えに行くから』
『わかった』
と送り、メイクを始めた。メイクを終えると、11時になるまで、そわそわして、窓の外をずっと眺めていた。こんなに待ち遠しい時間は、小学生の遠足の前の日くらいの感覚だなと思っていた。
約束通り、11時に絵斗が迎えに来た。今日は、白い軽ワゴン車じゃなくて、青いSUVから降りてきた。部屋のインターホンが鳴ると、私は、ドアモニターで、相手が絵斗である事を確かめてから、鞄を持って玄関に向かいドアを開けると、
「おはよう」
と絵斗に言った。絵斗も、
「おはよう、お待たせ。どうぞ」
と言って、右手に持っていた、包装された赤い薔薇を1輪私に渡した。私は、持っていた鞄をおろし、
「ありがとう」
と薔薇を両手で受け取り、
「お花屋さん、このお花は、すぐ花瓶に入れた方がいい?」
と聞くと、絵斗が、
「ここに置いておいても、水に漬けてあるから、1日くらい大丈夫」
と薔薇を私の手から、玄関の棚に、立てかけた。そして、
「さあ、ランチ食べに行こう!」
と私の右手を引いた。階段を下りながら、
「ここ、4階建てなのに、階段しかないんだね」
「そう、引っ越し屋さん泣かせの物件。でも窓のタイルが気に入って、ここに決めたの」
「ああ、特徴的だね」
階段を下りると私のアパートの外観を見て、言った。
「今日は、軽ワゴンじゃないんだね?」
「あれは、会社の車」
絵斗は、そう言いながら、私を助手席に乗せると、シートベルトをしめてくれた。ドキっとした。
「ありがとう」
私は言うと、絵斗がドアを閉めて、運転席にまわって、座り、
「今日は天気が良くて、良かった」
と、車を発進させた。
イタリアンのお店で、食事中、絵斗が、
「この後どうする?」
と言って、私は、
「絵斗にお願いがある」
「何?」
「コーヒーメーカーが、壊れちゃって買い替えたいから、家電量販店とか連れてってほしい」
「いいよ、行こう!」
「ネットでポチッてもいいけど、イマイチ良いのが無くて」
「いいじゃん、あちこち見に行こう」
「ありがとう」
食事を終えると、再び車に乗り、家電量販店に向かった。赤いシンプルなデザインのコーヒーメーカーがあって、それを第一候補にして、絵斗は、イオンやニトリも連れて行ってくれた。車に戻ると絵斗が、
「さあ、どれが良かった?」
「やっぱり一番最初のかな?」
私が言うと、
「OK、じゃあ戻るね」
と、最初に行った家電量販店に向かった。車の中で、私が、
「絵斗、ありがとう」
「お役に立てて、光栄です」
「コーヒーメーカーを買っちゃったら、今日は、終わり?」
私が言うと、絵斗は、
「俺んち来る?」
と言った。
「私、絵斗に言ってない、大事な話がある」
「え、何?」
絵斗が、首を傾げて私の方を見た。
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