スカイライト

須藤美保

第1話

天窓から見える星空を見て、私は泣いていた。あまりにも綺麗だったから。泣ける程綺麗だと思ったのは、初めてこの部屋で、このベッドに横たわった時以来だと思う。私が泣いているのに気付いた絵斗(かいと)は、私の方に顔と身体を向けて、

「どうしたの?」

と、少し掠れた声で、聞いてきた。

「やっぱり、この天窓良いよね」

私も絵斗の方を向いて言うと、

「凪(なぎ)は、俺よりこの天窓が好きなんじゃない?」

と天窓の方を見つめ、少し笑いながら言った。

「絵斗がここに住んでて良かったって思うよ」

「俺も。この部屋に決めたのは、この天窓だったな」

絵斗が、天窓に向かって右手を差し伸べた。そして、星空を見ながら、

「凪、俺と結婚して、ここで暮らさない?」

と少し緊張しているのがわかる声で言った。

なんだろう?私、予感がしていた。絵斗にプロポーズされるんじゃないかって。だから涙が出たのかもしれない。

「いいよ」

と言い、続けて、

「ありがとう」

と私が、淹れたてのコーヒーを入れたマグカップを、受け取る時のように言うと、絵斗は、天窓に差し伸べた右手で、私の頬に溢れた涙を拭って、

「良かった」

と今まで一緒に居て聞いた中で、一番ほっとしたような言い方で言った。そして私を静かに抱きしめ、少し汗ばんだ私の背中をポンポンと赤ちゃんにするみたいに優しく叩いた。

もうこの天窓がある部屋で、何度目なのかわからないくらい愛し合った。出会って2年、私達は、出会った瞬間に、惹かれあっていた。それは、お互いに気付いていた。あの日、雨が降っていなかったら出会っていなかったと思う。同じ街で、ただすれ違うだけの人だったと思う。

会社から地下鉄に乗って、いつもの麻生駅で降り、家に一番近い出口に出ると、ザーザーと音がするくらい雨が、降っていた。今朝の天気予報では、そんな事は、言ってなかった。最近のゲリラ豪雨ってやつか、と思っていた。今日は忙しくて、昼食を食べそこねていた私は、お腹が空いていた。傘もなくどうしようかと思っていた時、今いる駅の出口のすぐ近くにあった、昔からありそうな喫茶店で、雨宿りをしようと決めた。行った事が無いお店だった。少しでも雨に濡れないように、ダッシュで、喫茶店に入ると、

「いらっしゃいませ!雨、凄いね」

と店主らしい年配の男性が言った。店内を見渡すとこぢんまりとしていて、テーブル席3つとカウンターも4席くらいしかなかった。テーブル席は、うまっていたので、

「カウンターどうぞ」

と店主に言われ、席につくと、隣にいた男性が鞄をゴソゴソしだして私に、

「凄い雨ですね、良かったらどうぞ、貰い物ですけど」

と銀行でもらったようなタオルを渡してきた。 私は、自分が思っているよりずぶ濡れなのに気付き、

「ありがとうございます」

とそのタオルを受け取った。その人が絵斗だった。

「急に降ってきましたね…」

私が、髪を拭いている時に絵斗が、話しかけてきて、私が絵斗の方を向いた時に、言葉が止まった。あ、私、この人の事が好きになる、と感じていた。そして、この人も同じく思っていると感じていた。多分店主も気付いていたかもしれない。

「…そうですね」

私がなんとか切り出した言葉だった。その気持ちを誤魔化すように、カウンターにあったメニューを見ると、ナポリタンがあったので、アイスコーヒーと一緒に注文した。横を見ると、絵斗もナポリタンを食べていた。

「マスターのナポリタン、絶品ですよ」

絵斗は、私に話しかけてきた。

「お昼食べそこなって、お腹ペコペコで」

私が言うと、絵斗が笑いながら、

「僕もです」

と、右手の人差し指を自分の顔に向けて言った。私は、先に出されたアイスコーヒーにミルクだけ入れて、ストローで飲み始めた。この瞬間のこの気持ちを逃したくないと思っていた。なんて話しかけようかと思っていた時、絵斗が

「お仕事、忙しいんですね」

と少し首を傾げて言った。

「今日はなんだか、お客さんが途切れなくて」

「お仕事聞いてもいいですか?」

「不動産屋です」

「そうですか、僕は、花屋です」

「お花屋さん?男性で珍しいんじゃないですか?」

「そうかもしれないですね」

「お店は、どの辺ですか?」

「札駅です」

「私は、24の近くです」

「あのう、不躾ですけど、お名前聞いてもいいですか?僕は、田川絵斗っていいます」

と言って、カウンターにあった六つ折ナプキンに、絵斗が、鞄から出したボールペンで、縦書きで、名前を書いた。

「あ、私は番場凪です」

絵斗が私にボールペンを渡してくれて絵斗の名前の横に自分の名前を書いて、ボールペンを絵斗に返すと、

「へー、凪さん…」

と言いながら絵斗が、並んだ名前の上に、ボールペンで小学生みたいに、相合い傘を書いた。その横顔は、いたずらっ子のようだった。

「お、絵斗、ひとめぼれか」

マスターが、ナポリタンを手に、六つ折ナプキンを見ながら言った。そして、

「ナポリタンおまたせ」

と私に差し出した。

「わー、美味しそう、いただきます」

私は手をあわせて、そう言うと、相合い傘を見ながら、ナポリタンを食べ始めた。

「マスター、美味しいです」

昔ながらの土曜のお昼に、お母さんが作ってくれたような、懐かしい味のナポリタンだった。

「田川さんは、常連さんなんですか?」

と、あえて相合い傘には触れず聞いた。

「マスターと親父が同級生で、昔から、通ってます」

「そうなんだ。私は初めてです」

「家は、駅から近いですか?」

「歩いて5分くらいですかね?石狩街道の方です」

「僕も5分くらいですよ、新琴似の方」

「反対方向ですね」

「すれ違う事あったかな?」

「どうですかね?私、去年引っ越してきたから」

「また、不躾ですけど年齢聞いてもいいですか?僕は今26なんですけど、今年27」

「いいですよ、私もう、誕生日迎えて25です。独身で彼氏いないです」

「あ、僕も独身で彼女なしです」

絵斗は、右手を上げると、そのやり取りを見ていたマスターが、

「もう、じれったいな、付き合っちゃえ。絵斗、いいヤツだよ。俺が保証する!」

と言って、私達を急かすように言った。

私は絵斗と向き合って笑いながら、お互いスマホを取り出して、電話番号とLINEのIDを交換した。

絵斗が、ナポリタンを食べ終えると、

「雨まだ降ってるし、僕車だから、家まで送りますよ」

と言われたので、私は、

「ありがとうございます、嬉しい」

と、答えた。私のナポリタンも、もうすぐ食べ終わるところだった。残りのアイスコーヒーも飲み終えると、マスターに、

「ごちそうさまでした、また来ますね」

と言い、お会計を済ませ、傘を持った絵斗とお店を出た。さっきより雨は、小雨に変わっていたが、絵斗が傘をさし、私が濡れないように、そっと肩を引き寄せた。私の心臓がトクンと音をたてた。駐車場はお店の裏にあって、絵斗が、

「あの白い軽ワゴン」

と言って、二人で小走りで車の方に向かうと助手席に私を乗せてから、運転席に周ってエンジンをかけた。濡れた傘は、ポンっと後ろの荷台に置いていた。

絵斗がライトを付けワイパーを動かし、私は、その動作を見ながら、ハンドルを握る絵斗が、まず、

「さあ、どうする?」

と言った。

「さあ、どうする?」

私は、笑いながら、絵斗に同じように聞いた。すると絵斗が、

「さっきは、家に送るって言ったけど、この後、用事が無ければ、少しドライブでもしませんか?」

と言った。私は素直に、

「はい、連れてってください」

もう少し絵斗との時間を過ごしたかった。絵斗も同じ気持ちなのが伝わってきた。

「じゃあ、適当に走ります」

と言って、駐車場から、左折して麻生の道を走り出した。

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