第十九話「当て馬、登場です」
第43話
「桐鵺、これ。次の台本な」
マネージャーの池崎静雄から渡された台本には『SとZ』と書かれていた。原作は桜並木先生の漫画であり、刑事ドラマというジャンルに分けられる。恋愛ドラマにばかり出演していた桐鵺にとっては新鮮味のあるものであった。
ドラマのあらすじとしては全く趣味も好きなものも合わない刑事の二人が数々の事件を解決していく……みたいな一話完結型製のドラマである。
こうなってくると相手の俳優が誰なのかというのも問題になってくるが、桐鵺よりも実際は年下ではあるが、この業界では先輩である長内立野というどうにも悪役顔の彼が桐鵺の相棒らしかった。
「……俺より、長内さんの方がS役が合ってるような気がするんだけど」
「俺もそう思ったんだけど、長内さんの方からZ役を申し出たらしい」
「長内さんから?」
彼が今まで出ている作品としては恋愛ものもあったはあったが、彼自身がヒーロー役というよりもどちらかといえば悪役が多かった。
……とにかく、少々悪役顔なのだ。舞台をやっても悪役、ドラマをやっても大体最後の黒幕、最近公開されていた映画でも連続殺人犯という世にも恐ろしい役をやってのけた。
それでも彼が悪役をやれば、かなりの爪痕を残す作品が多い。主役に匹敵するほどの人気が出たり、それ以上のこともあったり、彼は若い年齢にしては安定感のある悪役だと定評がある。
今回、桐鵺と彼は初共演になるのだが、桐鵺にとって気に食わないことがあった。それは……
「寧々ちゃんが原作の大ファンで、Z役のゼンが特に好きだって言うから引き受けたのに……ッ、何で俺がS役のシキなわけ?」
「あ、いや、だから長内さんの方が引かなくてだな……」
「静雄さん、ちゃんと仕事してくんない?」
「いや、してるぞ?俺も頑張ったんだぞ?」
「この役立たずが」
「や、酷くね?」
確かに事務所の規模が違うため、正直桐鵺側が我儘を通すのは難しかった。向こうもZ役を欲しがった並々ならぬ事情が何かあるのだろうが、静雄は何故そこまで欲しがったのかその理由まではわからなかった。それにしても立野のマネージャーがかなり必死だったからだ。
「路線変更でも狙ってるのか?」
何せ悪役ばかりの出演が多い。彼がこの役作りに成功すれば、俳優としての人生はさらに安定することになるだろう。だがしかし、Z役はS役よりもコアなファンが多い印象だ。
S役のシキこと福島織は絵に描いたような真面目が前面に押し出されているキャラだが、Z役のゼンこと漆間善は脱力系といえばいいのか、基本のんびりしたキャラで一癖も二癖もある人物だ。解釈によっては大火傷しそうなのは目に見えていた。
そのため、桐鵺があんなに求めていた役もあっさり引き下がったのだ。彼の俳優人生を考えた時に、ゼン役はまだ荷が重いと静雄が踏んだから。
……結果、ものすごく不機嫌そうではあるが、彼の今後のことに比べれば軽いものだ。
「まあ、その機嫌を直してくれよ。ほ、ほら!今度、奥さんの地下アイドル時代の限定グッズを入手してやるからさ!」
「寧々ちゃんの地下アイドル時代……?」
「そうそう!デビュー前だったから結構レアもんで」
「は?」
「え?」
少し離れて座っていた桐鵺がいつの間にか静雄の前に来て、般若顔で彼を睨んでいる。まさかの展開に静雄も困惑せざる得ない。
「何で静雄さんが寧々ちゃんの地下アイドル時代を知ってるわけ?」
「え、いや、まあ、俺もお前がこの事務所に入る前から内部側で所属していたわけであって、寧々のことはよく知っていて」
「は?寧々ちゃんのことを俺より知ってる発言?」
「いや、そこまでは言ってな」
「しかも今、寧々ちゃんの名前を呼び捨てで呼びやがった?」
「あ、いや、その」
「命いらないの?」
「いや、いります」
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