第十八話「奥様の魅力は無限大です」
第41話
暗闇の中で規則正しく聞こえて来る心地の良い波。
夜の海は真昼に比べて肌を刺すような痛みも暑さもなく、居心地が良かった。そして、隣にいる夫である桐鵺くんとここに来られていることもその理由の一つだった。
「夜の海って気持ちいいね」
「そうだね。寧々と一緒に来られて、嬉しいよ」
「うん、私も桐鵺くんと来られて嬉しい」
夫婦になってからというもの、同じ家に暮らしているといっても彼の仕事が忙しくて少々『夫婦』という代名詞を語るような生活ができていない。知り合いから桐鵺くんと夫婦になってどうかと聞かれたりもするけど、イマイチ以前と状況は変わっていないような気がして……微妙な心境だ。
でもこうして休暇を使って二人の時間を作ってくれることはすごく嬉しい。桐鵺くんだって休みたいはずなのに。私を優先してくれる優しさは付き合い始めから今も何も変わっていない。
―――…しかし私は知る由もない。桐鵺くんにとってはこれが命綱のような時間になっているということを。
「(あー、マジで寧々ちゃん今日も最高に可愛い。夫婦になって毎日会っても飽きない可愛さって何なの?女神なの?俺をキュン死させる気なの?今朝の寝起き寧々ちゃんも俺の視界に入った瞬間、心臓止まったもんな。まあ、寧々ちゃん残して死ねないから生き返ったけど。大好物の卵焼き(俺作)を頬張る寧々ちゃんも食器を洗ってる寧々ちゃんも服を着替えてる寧々ちゃんも(盗み見)、準備に手間取ってる寧々ちゃんもほんっとうに最強に尊い。泣いた。全俺が泣いた。マジで毎日寧々ちゃん補給しないと死ぬのに、俺なんで仕事してんだろ?)」
知らぬが仏である。
そんなことを心の内で思っている彼のことは全く知らず、爽やかさ全開で、でも申し訳なさそうに彼は口を開く。
「でも、日中に来れなくてごめんね。寧々と一緒に海を泳ぎたいのに、流石に昼間は明るすぎて駄目だって社長に言われてて……」
それもそのはず。
流石にこんなイケメンが、いや、こんな顔の売れまくっている千草桐鵺がさんさんと照り輝く太陽の下に現れてしまってはどんな女性も彼が既婚者であろうと声をかけまくってしまうだろう。いや、声をかけなくても遠巻きに見つめられてお互い落ち着いて楽しめることもなくなってしまう。
それを危惧した社長が悪役になりながらも、止めてくれているに違いない。
「そんなことどうでもいいよ。桐鵺くんとこうして出かけられるだけで嬉しいから」
「寧々……」
彼の大きな掌が私の頭を優しく撫でる。肌寒い気温になっているこの時間に彼の温度はちょうど良い暖かさだ。
ずっとこの時間が続けばいいのになぁ。
アイドル時代は私もそれなりに良いお仕事を頂いていたせいで彼とたくさんの時を過ごした記憶はない。むしろ、アイドルを引退してから奈々と百々とは違って私は何をしようかと迷っていた時に彼にプロポーズされたのだ。お付き合いをすっ飛ばしてプロポーズされた時にはどうしようかと思った。しかもプロポーズされた場所が場所で……。
『寧々、アイドル人生お疲れ様。これからは俺に君の一生をくれないか?』
『え?』
真っ赤な108本の薔薇(後で数えた)。差し出された場所はなんと、某テレビ局。滅茶苦茶な人の往来の激しい場所。それを目撃した人たちからは祝福の嵐。
『おめでとう!2人とも!』
『まさか、お二人がそんな関係とは!?』
―――…いや、そんな関係ではないはずなんですが。
と訂正する暇もなく、話はとんとん拍子に進んでいってしまい、終いにはそんな場所でプロポーズされたもんなので『今年、ビッグカップル登場!』なんて見出しのついた記事が出回る羽目に。
それでも自分が満更でもなかったのは、彼のことが密かに好きだったから……一番喜んでいたのは自分だったかもしれない。驚いたのも事実だけど。
まあ、あれも今思えばとてもいい思い出だ。
隣にいる桐鵺くんの肩にとんっと自分の頭を置く。
「寧々?」
「えへへ、ちょっとだけ肩貸して」
「……寂しい気持ちにさせて、ごめんね」
―――…全然。寂しいって気持ちは否定しないけど、いつもこうして愛情をくれている彼のお陰で不安はない。
暖かい彼の温度がとても気持ちがよくて、目を閉じる。幸せだと感じた。
だが、しかし隣でそれを目の当たりにしているこの男はこう考えていた。
「(嗚呼あああああああああ!!このポジションは9thシングル『
天を仰いで涙をポロッと流す彼を私は見逃していた。
その後、真っ暗な車の中で愛を確かめ合うようにキスを交わし、誰が見られるかも分からないこんな場所で彼が事を始めようとするので流石に咎めた。カーセック…………は、ちょっと。
彼は渋々だけど、言うことを聞いてくれて……でもお家に帰るまでは持たなかったのか、そういうことを楽しむホテルで結局致してしまいました。いや、まあ、その私も待てなかったけど。車の中でもそわそわして繋いでいた手がなんかいかがわしかったし。
でも、本当に今までの寂しさを埋める本当に幸せな1日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます