第38話
――――…
あれはまだ寧々が現役で、桐鵺が駆け出しの頃だ。
静雄自身も桐鵺のマネージャーになって間もない時だったわけだが、雑誌撮影が重なった新人女優がスタッフと話していたのを偶然立ち聞きしてしまった。
「この前、Strawberryの寧々さんと撮影が被った時があったんだけどさ〜。そん時に、先輩風吹かせてきて、うざかったんだよねー」
「あー……、寧々ちゃんってちょっとお節介なところあるよね」
「お節介どころか、うざかったんだって。大体、知ってることばっかり言ってきて、マジで腹立ったんだよねー」
―――…それを同じ事務所である桐鵺がいる現場でそれを話すのか。
いや、まあまだ桐鵺に聞かれていないだけマシか……と思う反面、あんなにいい子の悪口をあんな風に言えるなんて、人としての神経を疑ってしまう。まあ、彼女自身達の僻みもあるかもしれない。
だからといって誰が聞いているかもわからない場所であんな風に悪口を言うのは、いただけない。どうやってこの場から出ようかと考えていた時だった。
「…………」
「うわ!」
すっと隣に一歩踏み出してきた人物に驚いたが、それが桐鵺だとわかった瞬間に『ああ、終わったな』と思った。
彼女達がまだ寧々の悪口を言っている最中にも色を落としていく表情を間近に見て、彼は恐ろしくなって思わず一歩下がる。
多分、この時からだろう。
静雄はこの男は絶対に怒らせてはいけないと直感的に感じたのは。
「……静雄さん」
「あ……ど、どうした?」
「この業界の“餌“に喰い付いてくるパパラッチの知り合いっていたりします?」
―――…若宮千佳、お前はいつかこの男に業界を追い出されるから、覚悟しておいた方がいいぞ。
――――…
そう思ってからもう一年近く経ったのだが、また仕事を共にしようとしている桐鵺に静雄は珍しいと首を捻らせた。いつもだったら、大体数週間から数ヶ月で寧々の悪口を言った女優を業界から追い出したりするのだが、ここまで長く持っているのは初めてだ。
どうしたことかと悶々としている静雄に対して、ふっと桐鵺は笑う。
「そろそろか」
「?」
その言葉の意味を静雄が知るのは、もう少し先である。
「そういえば、もう引退してるってのに、寧々にチョコレートが届いてたぞ」
―――…ピシッ、とこの場の空気が凍った。
それはもう、とても冷たく、突然に。
社長の、その一言で。
しかし、それに全く気が付いていない社長がまだまだ口を開いていく。
「やっぱり、寧々の人気はまだまだ健在だなぁ。現役の時よりは少なくても、あの根強さはあの人柄からきてんのかねぇ」
「……社長」
「ああ、それとも人妻になったからこそ贈ってくんのかねぇ。まあ、確かにあいつは引退して結婚したのに、まだまだ美人だよな!」
「社長?」
「とりあえず、このチョコレートを寧々に引き取ってもらいたいから、桐鵺、お前、連絡して……」
「社長!!!」
静雄が引き止めるのが遅かったからなのか、いや、きっとどの時点で止めても、この事態を免れることはこの部屋に入って、社長のあの言葉を桐鵺の耳に入れた時から無理だったのだろう。
今この場にいる自分を心底呪った。そして空気を読まなかった社長を心底恨んだ。
「あ」
桐鵺の顔を見て、ようやく事の重大さに気づいた社長。
しかし、時は既に遅かった。
「……それ、どこ?」
「え」
「どこにあるかっつったんだけど?」
「いや、あのな、桐鵺。これは、寧々のファンが寧々に贈ったものであってな」
「全部燃やして抹殺するから、全部俺の前に持ってこい」
「はい、お持ちいたします」
―――…ファンの皆様、ごめんなさい。
そう心の中で謝っても、もう遅かった。
桐鵺の足によって踏み潰され、手紙やカードは全て燃やされ、亡きものにされてしまったそれらは事務所のゴミ箱にへと廃棄処分とされてしまったのだった。
「奥様はモテモテです」
引退した後も、モテモテです
旦那様の嫉妬具合が人知を超えておりますので
そろそろ勘弁してください
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