第十六話「奥様はモテモテです」
第37話
―――…それは世で言うバレンタインの日。
世界はチョコレートで溢れる日だ。
SKエンターテインメントも過言ではない。タレントへのチョコレートで溢れていた。主に千草桐鵺宛。
もちろん、他のタレントのものも贈られてきてはいる。男性から女性タレントへ、もしくは女性が女性タレント、さらには男性から男性タレントにチョコレートを贈ってくるのも今となっては珍しくない。
だが、しかし。今年は少々雲行きが怪しかった。
「社長!」
「ん?」
「これ……」
――――…
社長室。
桐鵺は事務員の女性に淹れてもらった珈琲を啜りながら、スマフォを確認していた。……確認、ではない。スマフォの待受画面にしている妻の写真を見てヘラヘラ笑っていた。
後ろでそれを冷たい目で見下ろしていた彼のマネージャである池崎静雄は、さっさとこの顔が世に知れ渡ってしまえばいいのに……と内心毒を吐く。
もちろん、それは本意ではない。が、毎日毎日これを拝んでいれば、そう思いたくもなるだろう。
本日の寧々ちゃんコレクションの桐鵺の待受画面は、現役時代に大手のお菓子メーカーのCMに抜擢された際に用いられた『あなたの大切な人にチョコレートを贈りませんか?』と上目遣いでカットされているバレンタイン限定のものだ。
当時、Strawberryの限定パッケージは即日完売したという偉業を成し遂げたわけなのだが、先日桐鵺から『近くのコンビニの寧々ちゃんパッケージは全部買い占めた』発言を聞いた時は、流石の静雄もドン引きした。
―――…少しくらい、寧々ちゃんのファンのために置いててやれよ。
まあ、だがしかし。彼にそんな言葉は一切通用しない。現に、その張本人である彼女を手に入れた男である。もう、何を聞かされても全く驚かない……はず。
静雄は未だにニヤニヤしている桐鵺に溜息を吐いてガックリ項垂れていると、ようやく待ち人がこの場に現れた。
「すまん。待たせたな」
「いえ、別に永遠に来られなくてもよかったんですけどね」
こんな軽口はいつものことだ。『そんなこと言うなよ〜、桐鵺ぁ』と泣きついている社長に『寄るな、きもい』と桐鵺に邪険にされている姿を見るのもいつものことだ。
こう見えても業界では凄腕と謳われている人物なので、人間見た目では判断できないとはこのことだと静雄はほぼ毎回感心していた。
ある程度、仕事の打ち合わせをしていると、桐鵺の機嫌はどんどん下がっていく。それはそうだ。社長は桐鵺のスケジュールをどんどん埋めて、彼に休みを与えようとしないからだ。
もちろんそれはごく普通のことでそれだけ人気でいられることに桐鵺自身も感謝していることだろう。……多分、いや、きっと、そのはずだ。
だが、しかし。あまりにも忙しすぎると、最愛の妻である寧々と過ごす時間が少なくなっていくのは当たり前で。
「無理」
「そこをなんとか!」
「無理。嫌。無理。足の小指、デスクで打って悶えろ」
「地味に攻撃してくんね!?いや、そうじゃなくて!!」
なかなか首を縦に振らない彼を見て、社長は最後の手段に出た。『頼むよ〜、これさえ終わったら3ヶ月はお休みあげるから〜』というその言葉で桐鵺はようやくその重い頭を縦に振ったのだった。
……まあ、3ヶ月もお休みをもらえるなら、そうなるだろうなと静雄も納得する。
例えそれが桐鵺の大がつくほど嫌いな女優・
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