第十五話「旦那様は昔から変わりません」
第34話
それは千草桐鵺、18歳の頃の話。
「千草くん!好きです!」
「好きな人いるから」
桐鵺は誰かに告白される度にそう答えていた。
つい数ヶ月前までは『来る者拒まず、去る者追わず』と有名だったのにも関わらず、彼は今やどんな女性も拒んでいた。好きな人がいるなんて嘘なのではないかというくらい。
「千草くん、好きな人いるらしいよ」
「うそ……、マジ?」
「2組の夢、振られたらしい」
彼女と別れたと噂が流れれば、すぐに誰かが千草桐鵺という男の元へと駆けつけて彼女という称号を手に入れようと必死だったのに、それもほとんどが諦めの境地に陥っていた。
つい先日、学校一美女の浜崎夢まで振られたという噂で持ちきりだったためだ。
しかし、その中でも諦めていない女というのはいるわけで。
「桐鵺〜、今日、放課後、暇〜?」
「……何で?」
「最近できたクレープ屋さんが美味しいらしくて、一緒に行かない?」
「…………」
教室の窓際、ドルオタ仲間の出水穣と話をしていた時に無理矢理中断させるように間に入った女子生徒。
机に穣が持ってきていたブロマイドや雑誌を並べていたのだが、その上に手をついて話しかけてくる女子に桐鵺が目を向けることはない。
それでも『苺のティラミスが絶品らしくてぇ』と話して諦めない女子を穣は尊敬した。
とりあえず、自分たちの話を遮られたのは構わない。しかし、彼は正直、今の桐鵺の機嫌の方が気になっていた。
未だにピタリとも動かない彼の目線を穣は静かに追う。
その瞬間、頭を抱えた。それはもう、この場に今この雑誌を持ってきてしまったことへの後悔と共に。
「だからさあ、一緒に」
「退けろよ」
「え?」
「その汚ねえ手、退けろっつったんだよ」
「っ」
――――…そう、彼女の手の下には、寧々ちゃんの写真があったのだ。
それは怒る。この男が怒らないわけがない。
何故、どうしてピンポイントにそこへ手をついてしまったんだ、この女。
怯んだ女子の手を振り払い、雑誌の寧々ちゃんをガン見する桐鵺。きっと皺ができていないか確認しているのだろう。
――――…まあ、それは僕のですけどね。
「ち、皺になった。折角、切り取ろうと思ってたのに」
「え!?それ、僕のでありますよ!千草くん!」
「まあまあ、ケチなこと言うなよ、穣。寧々ちゃんは全部、俺のものだろ?」
「そんな殺生な!!」
雑誌を返してもらおうとするが、そこから手を離さない彼となんとか張り合おうとする穣。
一部の男子たちはこのやり取りを何度も目にしているため、またやってるよと呆れた目で見ているが、目の前で震えている女は顔を真っ赤にしていた。
……怒りで。
「……っ、何なのよ!アンタなんて、顔だけのくせに!」
捨て台詞を吐いて罵っていった女子を桐鵺は目もくれず、雑誌をロックオンしていた。
そんな言葉で傷つくほど、彼は繊細ではない。
「ち、仕方ない。そっちのブロマイドでいいよ」
「何で妥協したみたいな言い方!?それも僕のだからね、千草くん!」
―――…ああ、安定のスルーだな。
日常茶飯事の出来事に騒ぎ立てることもなく、彼等はいつも通りの時間を送るのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます