第十四話「奥様は旦那様を盗撮したいです」
第32話
「私、旦那を盗撮しようと思うの!」
―――…午後2時過ぎ。リビングにて。
いきなり訳のわからないことを言い始めた私に、百々は『は?』と口を歪ませた。
「(旦那の次はあんたかい)……あー、何で?」
似た者夫婦かよ、目が物語っている百々のことは全く気が付かず、私は何故そうしようと思ったのか、理由を話すことにした。
「この前、桐鵺くんのスマフォの待受が,いつ撮られたのか分からない私の寝顔だったの!」
「(等々、バレたか)」
桐鵺くんのスマフォを盗み見たわけではなかったのだけど、たまたま隣でいじっていた彼のスマフォを何気なく見て映し出されていた私の寝顔を見た時には流石に咆哮した。
顔を真っ赤にさせながらどうしてこんなものを撮ったのかと詰め寄ると、彼は『え?寧々が可愛かったから』なんて悪びれもなく、あの純粋でキラキラした目で言われてしまっては責めるに責められず。
……もしかして私って桐鵺くんに弱いのかしら。
しかし撮られてしまったものは仕方がない。消して!と頼み込んでも、『これが俺の日々の生き甲斐なのに』と泣きそうな目で言われてしまい、結局はその写真のデータを消すことはできなかった。
だから私は決めたのだ。
「盗撮されたら、やり返す!私も絶対、桐鵺くんの寝顔を盗撮するって決めたの!」
「……あ、そう」
―――…あの男が、そんな隙を見せるとは思えないけど。
と言いたくても言えない、百々であった。
―――…
桐鵺くんが帰ってきてから、私はスマフォを肌身離さず持っていた。少しでもシャッターチャンスを見逃してはいけない。
帰ってきてから衣装ルームへ行き、ラフな格好に着替えた彼はベランダへ行く。
―――…ん?ベランダ?
「あ!桐鵺くん!洗濯物は私が取り込むからいいよ!」
「そんなこと言わないで。食事を作ってくれてるだけでも有難いのに、これくらいはさせて欲しい」
そう言って私の腕をやんわりと離して、チュッと頬に口づけを落としてくれた。
……こんないい旦那、世の中にいるだろうか。いるだろうけど、私の旦那さんは、本当に出来すぎている。
感動している寧々は彼の思惑が別にあることを知らないが、知らぬが仏である。
って、いやいやいや!そうじゃないよ!
桐鵺くんのいい旦那さんも大事だけど、今大事なのは彼の盗撮シャッターチャンス!
狙っていたのは寝顔ではあるけれど、ここはどんな彼でもいい。普段の彼を盗撮したい。そして桐鵺くんを私のスマフォの待受にするんだ!
とりあえず、ベランダで洗濯を取り込んでくれている彼に感謝しながら、私はスマフォを取り出して、彼の横顔を写真に収めた。
今日の夜ご飯のメインはハンバーグ。結婚当初は彼がどんなものが好きなのか分からなくて苦労した。何を作っても『寧々の作ったご飯は世界一美味しい』としか言ってくれなくて、彼の好物が一切見えなかった。
主婦冥利には尽きるが、全てに美味しいと言われても困るのだとあの時初めて気づいた。
そして今日も『おいしかったよ。ありがとう、寧々』ときちんと言ってくれて、おでこにキスを落とされた。
……うちの旦那様に弱点なんてあるのだろうか。
入浴を済ませてリビングでソファに座り、TVを見ている桐鵺くんに近づく。珈琲カップを片手に持っている姿もイケメンだなと思い、バレないようにスマフォで写真を撮る。もちろん、無音カメラだ。
どちらの写真も横顔なので正面でないことを残念には思うけど、横顔も素敵だ。
とりあえずフォルダに入ったことを確認した後に、スマフォをネグリジェのポケットに入れ、桐鵺くんの隣に座ってみる。彼は私が隣にきたことがわかると自然と私の肩に手を回してきた。
―――…わわわわっ!
こういうことを自然とできてしまう男の人ってキザだなとドラマの中でいつも思っていたけど、まさか自分の夫からこんなことをされると思っていなくて心臓が躍りまくっている。
隣にいる桐鵺くんに聴こえていないかな……ちらっと視線を彼に向けると、TVに夢中になっていてこちらには気づいていないよう。
ほっと胸を撫で下ろしながらも、やはり肩から伝わる彼の熱が生々しくて心臓が休まる気配はない。
「寧々?どうしたの?顔が赤いよ?」
「え!?そ、そう!?」
声をかけられたことによって再び緊張が走る。
『何でもないよ!』と首を振る私に『そう?』と心配そうに顔を覗き込んでくれる彼の攻撃をなんとか交わして、私はTVを観るフリをする。
今彼が観ているTVはお笑い番組。彼は同業であるドラマはあまり観ない主義で、わりと芸人さんが出ているお笑い番組を観ることの方が多い。
たまに『ふふっ』と笑う彼の笑い声が柔らかくて、好きだ。笑い方まで上品でイケメンってこの人一体何者なんだろう。日に日に惚れ直してて、怖い。
私も隣でお笑い番組を観ながら、まだ諦めていないシャッターチャンスをどこかで狙っていた。
狙っていたのだけど。
「……まさか、こんな形になるとは、思ってなかったな」
「…………」
寝息を立てている彼の音。
これこそ私が待っていたシャターチャンスだ。…………チャンスのはずなのに。
―――…私の肩ですやすやと眠っている彼を盗撮なんてできるはずもない。
「うう、一体どうしろと……!」
彼を起こそうかと迷ったけど、そんな可哀想なことなんてできるはずもない。
どうしようかと迷っていたのだけど,ふと寝ている彼を入れてツーショットをとればいいんじゃないかと思った。
これは名案だ。私が入ってしまうのは忍びないけど,自撮り風にツーショットを撮れれば,正面の彼とは言い難いけど,顔がばっちり写る。
私は膝の上に置いていたスマフォを手に取って,無音カメラのアプリを起動させる。自撮りモードに設定を変えた後に,私の左斜め上にスマフォを掲げて彼が写るようにパシャリ。
―――…あ、結構いいかも。
すやすやと眠っている桐鵺くんがかっこいい。寝てるだけでかっこいいってなんなんだろう。
ちらっと彼を横目で確認すると気持ちが良さそうに眠っている。
盗撮が成功したことに満足した私はその写真をスマフォの待受にして,彼が起きるのをおとなしく待つことにした。
後日,百々に盗撮が成功したことを話すと,呆れたように『よかったねー』と棒読みで祝われた。絶対,バカップルって思われてる。
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