第十二話「奥様は幸せです」
第28話
桐鵺くんの貴重なオフの日の午後。
桐鵺くんが淹れてくれた珈琲を飲みながらソファでまったりしていると、桐鵺くんがいきなり私に質問してきた。
「寧々って、アイドルになったきっかけって何かあるの?」
「きっかけ?」
「うん」
『俺はスカウトだったけど、寧々はどうだったのかなって気になって』と笑う旦那様の顔は今日もイケメンだ。
そういえば、現役時代も同じ質問をされたことがあると思うけど、わりとフランクに『成り行きです』と答えていたような気がする。大きな理由があったわけではないし。
「んー、まあ、叔父さんに勧められたから……かな」
「叔父さんって、この前、俺が会った入江さんのこと?」
「うん」
私が生まれる前から芸能界にいる彼はその世界でカメラ一筋で仕事をしているような人だった。もちろん、配偶者はおらず、カメラ一つ持って世界を渡り歩こうとしたこともある。
それを私は幼いながらも自分もついていきたいと駄々をこねたものだ。……まあ、両親に止められて、結局涙ながらも叔父さんを見送ったけど。
でもそれも長くは続かなかった。
―――…母親が亡くなった。交通事故で。
叔父さんはすぐに帰国して、母の亡骸を見て泣き崩れていたのを今でも覚えている。たった1人の血縁者で、妹を思う彼の気持ちを思い出すだけで今でも少し同情してしまう。
私も母を亡くして胸にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われて涙さえも出なくて、ただ呆然と一日一日が過ぎて行って数ヶ月が経った頃だった。
『寧々、お前、芸能界に入れ』
『え?』
『知り合いが事務所を建てるんだ。お前にその稼ぎ頭になってもらいたい』
その時はただ単に彼の仕事故に勧められたのかなと思ったけど、今となってはそれが母を亡くした私をこの世に繋ぎ止めるための手段だったのかもしれない。
別に命を絶とうと思っていたとかそういう物騒な話ではないけれど、多分側から見れば危うい感じに見えたのかも。
母親が亡くなってすぐは気乗りしなかったけれど、私は結局それに対して頷いた。父親とももちろん相談して、きちんと学生の本文を忘れない程度に仕事をしてもいいと許可をもらってアイドルとして活動を始めた。
結果としてはそれなりにお仕事をいただいて、少し学生としての成績を落としたりもしたけれど、無事卒業もできたし、アイドルとして仕事をしてきたあの時の人生を悔いてもいない。
―――…それに、叔父さんに感謝している。
もちろん、母親を亡くしたという事実に虚しくなる時もあるし、それが癒えることは一生ないけれど、それでもこうして今の人生を歩んでいる自分に後悔という文字は一切ないと言える。
「それにね、桐鵺くん」
「ん?」
一通り私の人生を話し、それを聞いてくれた彼に私は今日一番の笑顔を向けた。
「私が芸能界でアイドルしててよかったなって一番に思うのは、桐鵺くんに会えたこと」
「!」
「私を幸せにしてくれて、ありがとう。桐鵺くん」
「寧々!!」
『ファンのみんなには、内緒だよ?』と悪戯に笑うと、彼は本当に嬉しそうに笑ってくれて今日一番にハグをしてくれた。ちょっと痛かったくらい。
でもそこから愛情が伝わって、幸せだった。これからもこの人と一緒に人生を歩んでいきたいと強く願った日だった。
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