第22話

―――…



人生初の写真集を出すことになった桐鵺は、鍛え上げた体を見せびらかすように白いシャツを脱いだ。



息を呑む男性陣、見惚れている女性陣を置いて、撮影は着々と進んでいく。



カメラを扱っているこの男は業界でも有名なカメラマン、入江聡いりえさとし。彼のカメラで撮られたいという業界人は多く、後を絶たない。今回、桐鵺が彼の目に止まったのも何か思惑でもあるのではないかと思えるほどだった。




「千草くん、お疲れ様。今日はありがとね」



撮影後、カメラマンである彼から声をかけてきたことに少し驚きながらも桐鵺は椅子から立ち上がって頭を下げる。




「いえ、とんでもないです。こちらこそ、お忙しいスケジュールの中で俺の撮影をねじ込んでいただいたみたいで、ありがとうございます」



「いやいや、俺が君を被写体にしてみたいって我儘言ったから、君の殺人スケジュールに無理矢理入れてもらったのはこちらの方じゃないかな」



豪快に笑う彼とは相性はあまり良くないなと桐鵺は思った。



何を考えているのかわからない人と腹の探り合いをするのは、桐鵺の得意分野ではない。とりあえず後は適当に切り上げようと他愛もない話を広げていると、『あ、そうそう』と聡が声を上げた。









「千草くん、寧々は元気?」



「え?」



ピクッと眉が動く。



いきなり寧々の名前が出てきたことが原因だ。……言わずもがな。



不快そうな顔を隠すことなく、眉を顰めてる彼は聡を睨む。




「(何、コイツ?寧々ちゃんのこと、呼び捨てで呼んでいいと思ってんの?寧々ちゃんを呼び捨てにしていいのは、俺と彼女の両親くらいだっていうのに、まじで何様?ちっ、こんなクソジジイが寧々ちゃんを知ってること自体、腹立たしいのに、呼び捨てにするなんて言語道断。図々しいほどにも程がある。今度、コイツの弱みを握)」


「あれ、もしかして寧々から聞いてない?俺、寧々の叔父なんだけど」

「ああ!そうでしたか!!寧々さんの!申し遅れました、寧々さんの夫の千草桐鵺と申します。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」



「いやいや、こちらこそ」



『寧々には俺との繋がりを誰にも言うなって言ってたからなー。律儀に守ってるなんて、健気だなー』と笑っている彼に向ける桐鵺の笑顔は営業スマイルどころか、寧々の父親に挨拶をしにいったとき並だ。



変わり身の早さはきっとどこの誰よりも早い男であることが証明されたのだった。





「ああ、そうだ。お詫びと言ってはなんだけど、寧々の子供の時の写真とか見る?よかったら、あげるよ?」



「よろしいんですか?お言葉に甘えて、ぜひ!!」















――――…



「あの時、寧々ちゃんの血縁者である叔父様に、赤ちゃんの頃の可愛い寧々ちゃんの写真、かき氷を頬張って口の周りに苺のシロップが付いている可愛い寧々ちゃんの写真、お庭のビニールプールで水遊びをしているピンクの水着を着ている可愛い寧々ちゃんの写真、七五三でおめかししている可愛い可愛い寧々ちゃんの写真、幼稚園のかけっこでこけちゃって泣いちゃった跡がお顔について不機嫌で可愛い寧々ちゃんの写真、何処の馬の骨かもわからない猫だというのに可愛いお手手で触れて可愛がっているとっても上機嫌な寧々ちゃんの写真、ブランコに乗って満面の笑みを浮かべている可愛い可愛い可愛い寧々ちゃんの写真などなどなど、もうそれには寧々ちゃんの全てが詰まっているアルバムを見せていただいたんだ!!しかも数枚いただいたんだ!!その写真が!!その写真こそが、俺の1番の宝物と言えるね!!!!」



「お前、それ絶対に言うなよ。言ったら、1週間奥さんに会わせないスケジュール組んでやるからな」



上機嫌で話をしていた彼はその言葉を聞いた瞬間に『ちっ、鬼畜野郎』と罵った。しかし静雄としては、あんなに恐ろしい顔で息をはあはあとさせながら喋っているこの男を世に出すわけにはいかない。



絶対に阻止しないといけない。



……泣いている寧々の写真には少し興味がそそられたことは桐鵺には知られないようにしなければ、と内心思っていた。














「千草さんの1番の宝物は何ですか?」



「それはもちろん、妻ですよ。……ああ、妻を物扱いするなんて良くないですね。そうですね……、妻の笑顔、ですかね」



「きゃああ!千草さん、イケメン!!」






―――…あの二重人格野郎っ



事務所的には最高なアンサーを述べたはずなのに、何故か複雑な気持ちが否めない池崎静雄、血液型O型であった。





「旦那様は奥様中心です」


なんなら、彼の携帯番号下4桁も『0810』と寧々の誕生日です

……文句ありやがりますか?

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