第九話「旦那様は奥様中心です」

第21話

「桐鵺、来週の予定だったENENのインタビューの件だが、お前とのスケジュールを合わせたら急遽明日になったんだが、大丈夫か?」



楽屋で1人でイヤホンをつけていた桐鵺の元にマネージャーの静雄が入室してから、そう告げた。



もちろん聞いていたのはstrawberryの5thシングル『チョコレートと私』という曲。その2分34秒を過ぎた頃に寧々のソロが入るのだが、その歌詞の一部である『甘いあなたの唇を食べちゃいたい』というフレーズを聞く度に彼は彼女の唇を思い出し、妄想で赤い彼女の唇を食べ尽くしている。




―――…知らぬが仏である。





「うん、大丈夫」



「じゃあ、向こうの担当者にも伝えとくな」



そう言って彼はスマフォを取り出して、桐鵺のスケジュールに雑誌のインタビューを加えた。明日は雑誌のインタビューに加え、映画の番宣とバラエティーの収録が入っていた。



帰るのは少し遅くなることに溜息を吐くと、『そういえば』と静雄が口火を切る。




「お前が雑誌のインタビューに応じるなんて、珍しいよな。しかも、女性誌」



雑誌のインタビューを毛嫌いしているわけではないが、必要を感じなかったため、今まで受けたことはなかった。事務所の社長からはとにかくTVに露出しろと言われ、ドラマや映画、番宣などで仕事する以外は極力受けないスタイルだった。



だからこそ、今回ゴリ押ししてきた向こうの担当者が鉄壁の千草桐鵺を落とした!!と吹聴していることを事務所の社長は黙認しているが、その真意を知りたかったのが本音だ。



『ああ、それね』と顔色ひとつ変えずイヤホンを両耳外した彼は欠伸をしてから口を開く。





「寧々ちゃんがその雑誌の愛読者だから」



「ハハハ、ソウデスヨネー。ソウダトオモッテマシター」



―――…コイツが予想外の行動を起こした時は、大体が奥さん関係だもんなー。そうだよなー。



『俺のインタビュー記事を見ながら、俺の帰りを待ってる寧々ちゃん、最高……っ』と悶えている桐鵺は置いておく。



当たり前のことを聞いた自分も馬鹿だったと思いつつも、真意を知れた彼は事務所の社長に真相を伝えた。『思惑通りでした』と。




「とりあえず、向こうが大体の質問事項を送ってきてくれたから、何って答えるのか事前に打ち合わせをしとくぞ」



桐鵺の隣に座り、送ってきた資料をバッグから取り出す。



とにかく千草桐鵺という男のイメージを崩さないためにも事前に把握しておくことは大事だ。社長からも『くれぐれも!くれぐれも千草桐鵺を守る答えを頼んだよ!』と念押しされた。



……この時期、イメージダウンだけは避けないとな。



静雄個人としては既に寧々にイカれている桐鵺が、普通になってしまう方がイメージ崩壊するレベルだが、ファンにとっては違う。彼のイメージを守ることも彼の役目だった。



2、3枚になっているそれを流し見しながら、怪しそうな質問を読み上げることにした。




「えーじゃあ、『趣味を教えてください』」



「趣味はStrawberryのアルバム曲を聞くことで、特にリーダーの寧々ちゃんのソロ曲はよく聞きます。もちろん、全10曲全ての歌詞が頭に入ってますよ。寧々ちゃんの声が俺の癒しです」



―――…流石、期待を裏切らない男である。




「『好きな食べ物を教えてください』」



「やっぱり、寧々ちゃんが好きな苺ですかね。当時はStrawberryだから配慮して苺だって答えていたと思ってたんですけど、なんと!!本当に苺が好きなんです!!撮影で使った大量の苺を持って帰ってきた時の寧々ちゃんの満面の笑みを見た時には、俺は天に召される気持ちになりました!!!ああ、だから、俺の好きな食べ物は寧々ちゃんということですね!!!!」



―――…もう、コイツ、ダメだわ。




「……『血液型を教えてください』」



これは普通だろう。普通にしか言いようがない。むしろ、普通以外に何があるというんだ。



そう思って聞いたのに……




「ああ、血液型ですか!!O型です!A型の寧々ちゃんと相性のいいO型です!!やっぱこれは運命ですかね!!」



―――…O型の男なんて腐るほどいるわ!!



クッソ、何でも寧々ちゃんネタにしやがって、と悔しくて静雄は静かに舌打ちした。



多分これは何を言っても寧々ちゃんネタにされることが目に見えた静雄は諦めて、もう一つ質問を並べてみることに。




「『宝物は何ですか』」



「……宝物、かぁ」



「?」



あり過ぎて困っているのかと首を傾げた静雄。確かに、以前に抽選で当たった寧々ちゃんのサイン入りポスターが家宝すぎるとか何とか言っていた……と思い出した。



それ以外にも何かあるのかと好奇心を抱いて彼の答えを待っていた。



待っていたのだが…………





「そう、あれは寧々ちゃんと結婚して半年が経った頃だった」



「はい??」

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