第三話「旦那様は元ドルオタです」
第8話
「そういやぁ、桐鵺ってさ、寧々ちゃんのファンになったのはいつからなんだ?」
事は桐鵺のマネージャー、池崎静雄が車の中で放ったその言葉から始まった。
「静雄さん、今、寧々ちゃんのこと名前で呼んだ?ねえ、呼んだよね?何で呼んだの?ねえねえねえねえねえねえねえねえねえ」
「……いや、その、お前の奥さんだった。すまん」
―――…名前呼ぶだけで詰め寄られるの、マジで勘弁してほしい。と思っても、彼の奇行は今に始まったことではない。
未だに学習できていない静雄に運転手の猿渡は空笑いしかできなかった。
しかしそれに満足した桐鵺は車のシートに背中を預けて、その日を思い出す。
「あれは高校3年生、5月25日水曜日。時間はお昼12時20分だった」
「…………は?」
――――…
「奈々ちゃん、可愛いですなぁ!」
「百々ちゃんも最高ですぞ!」
「寧々ちゃんと百々ちゃんの絡みも最高に可愛いよな!」
春から夏にかけての暖かい日差しの中で教室の端で静かに興奮している男子たちを見て、何を見ているのだろうと桐鵺は不思議に思った。
手元には何やらカードらしきものを持っていて、裏には苺のイラストが描かれている。そのカードを持っている男子、
「……何それ?」
クラスでも目立つ存在で女子生徒人気ナンバーワンの男子である千草桐鵺が自分たちに話しかけてくるなんて有り得ないと2人の男子は驚いていた。
しかし驚いている2人のことなんてお構いなしのようで、桐鵺はブロマイドを覗き込む。そこに写っていた女性3人のうち1人から桐鵺は目を離せなかった。
固まっている桐鵺を見て、きっと引かれたのだろうと踏んだ2人は『あー』と気まずそうに口を開く。
「千草くんにはあんまり興味ないジャンルかも」
「確かにリア充には縁ないですなぁ」
完璧なる偏見というやつではあるが、彼らにとって千草桐鵺という存在はアイドルというジャンルには全く興味はないと思っていた。まあ、彼にとって女性とは誘わなくても寄ってくる側なのだからそう思っても不思議ではない。
しかしそんな偏見にすら彼には興味もなく、そのブロマイドを指さした。
「……誰、これ」
「ああ、これはStrawberryっていうアイドルグループで」
「違う、そうじゃなくて、この子」
「?」
「この子、誰?」
指を差している方向を見ると、それは真ん中の子でもなく、右の子でもなく、左の子。それはStrawberryのリーダーをしている寧々だった。
穣はStrawberryのことについて語れるターゲットを見つけたと嬉々としてそれについて話し始めた。
「ああ、寧々ちゃんですな。Strawberryのリーダーで彼女にはコアファンが多くて有名ですぞ。メンバーの中では一番年上だからしっかり者だけど、たまに天然を発揮してて可愛いと評判だね。飾りっ気のない性格が女性にも人気だが、どちらかというと男性のファンが多いかな。ああ、でも同担拒否が多いから要注意ですぞ」
「寧々、ちゃん」
「ああ、今度デビューシングルが出る記念にミニライブを」
「どこで?」
「え?」
「どこに行けば彼女に会えるの?」
「「…………」」
まさかあの千草桐鵺が食い付いてくるとは。驚きで2人は開いた口が塞がらない。
じっと見つめてくるその瞳には本気が伺えて、一度2人は目を見合わせた後、穣が口を開いた。
「えっと、千草くんも行くの?」
「うん」
「リア充の君が?こういうの行くと、その、彼女が怒るんじゃない?」
「何で?」
「いや、えっと、女子ってそういう生き物だと……、それに千草くんの沽券に関わるのでは」
「……ふーん」
何を考えているのか分からない。彼らの千草桐鵺の今の表情を見て、そんな感情を抱いた。
しかし彼はもう一度、そのブロマイドに写っている寧々に視線を落とした。
―――…その瞳からは何故か偽りはない劣情が見えた気がして、穣は身震いがしたのだった。
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