第43話
森とは違って、草原には当然木の枝は落ちていない。そのためグレッグはマジカバンの中に薪も用意してきた。
「すげーな、冒険者は薪まで持ち歩くのか」
マーキーが言うと、グレッグは苦笑した。
「俺のカバンは高性能で容量も大きいから、こうして多くのものを入れているが、こいつはかなりの値段がする。駆け出しのうちは持ち物を選別して、必要なものだけ持ち歩かないと、せっかく手に入れた魔石やアイテムを諦めることになるぞ」
トーリが「マーキー、整理整頓は得意?」と尋ねると「超苦手」という答えが返ってきた。
「やば、そんなことまでやらなきゃならないのかよ」
うえええ、という顔をしたギドに、物知りなアルバートが言った。
「知識も技能も多岐に渡って必要な職業が冒険者だ、って言われているよ」
アルバートは「マナーまで勉強しなくちゃ一流になれないんだもんね、がんばらなくちゃ」と笑った。
「その日の食い扶持を稼ぐ程度なら、頭が空っぽでもなれるがな。お前たちは上に行きたいだろ?」
「はい!」
「なら、日々鍛錬と勉強だ。なに、やっただけ結果になって返ってくるから、じきに面白くなってくるもんだ。俺もそうやって努力して、ここまで来たんだぞ」
「がんばれば、グレッグ教官みたいな冒険者になれるかな?」
「おう、なれるさ。だがその時は、俺はもっと上に行ってるだろうけどなあ」
「うわあ、追いつけねえじゃん!」
「あっはっは」
トーリは『グレッグ教官は上手く子どものやる気を引き出しますね。立派な教育者だと言えるレベルですよ』と感心して、この講習会を主催する『冒険者を大切に育てよう』という理念の冒険者ギルドをすごいと思った。
(ミカーネンの冒険者ギルドは、きちんと将来を考えて運営されている良いギルドです。他の場所はどうだかわからないので、ここで冒険者としてのスタートをきれたのは幸いでした)
彼は『ミカーネン伯爵にも興味があります。いつか会ってみたいですね。でも、貴族に会うには、冒険者ランクをかなり上げる必要がありそうだし、身分とか礼儀作法とか学ばなければならないとすると、ちょっと面倒なんですよね』と、見事な領地運営をする貴族を思った。
そんなことを話しているうちに、グレッグは手早く薪を組んだ。
「あ、僕、着火用のフェザースティックを持ってますよ」
トーリが迷いの森で作った(楽しくて作り過ぎた)毛羽立てた小枝を出すと、グレッグは「なんだこれは? 器用なもんだなあ……」と枝を観察した。
「ナイフで小枝の表面を削って、火がつきやすくしたものです」
「これは便利だな。火起こしは慣れないと時間がかかるが、これなら早く火が着くだろう。さて、着火の魔法を使えるやつはいるか?」
トーリは「はい!」と元気に手をあげた。ジェシカは「使えるんですけど、まだ調節が上手くなくて、たまに火の玉が出ちゃうんです」と恐る恐る手をあげる。
「よし、ジェシカはやめておけ。火魔法使いあるあるだな」
どうやら戦闘で火の玉を出し続けていると、癖がついてしまって強火力になりがちらしい。
「僕は火打石を使っています」
アルバートは火打石と火口(ほくち)になる柔らかな苔を乾燥させたものを見せた。
「おまえたちは? 火を起こした経験は?」
マーキーとギドはふるふると首を振った。
「では、慣れていそうなトーリに任せるぞ」
「わかりました」
トーリはグレッグからフェザースティックを返してもらうと、薪の前にしゃがんだ。
「『着火』」
森の中で練習しただけあって、一発でフェザースティックが燃え上がる。それを細く割られた薪の下に入れるとよく乾燥しているようですぐに火が移り、やがて太い薪も燃え始めた。
「うん、いいぞ」
グレッグは薬玉を火の中に入れた。煙と共にハーブの良い香りが辺りに漂ってきた。
「こいつは人間には害がないが、魔物の能力を低下させて苦痛を感じさせる成分が入っている。ウサギやネズミならあっという間に逃げ出すぞ。これはひと玉で一時間持つが、野営に使う大きな玉もある。というわけで、まずはかまどを組んでから肉の解体だ」
グレッグは子どもたちに石を集めさせて、三方向に積み上げるとかまどを作った。
「薬玉とは違う火で調理しないと、料理を食べた者の身体に魔物除けの臭いが移って、その後の狩りができなくなるからな。気をつけろよ」
次にグレッグはジェシカが焦がしたミツメウサギを二匹マジカバンから取り出すと、手際よく解体した。肉を別にすると皮や内臓を寄せ集めてから、解体用のナイフの先で魔石をえぐり出す。
すぐに風化が始まり、不要な部分は跡形もなく消えた。
「見事な腕前ですね」
「速いなあ、上手い人がやるとこんなに速いんだね」
子どもたちは、
「一度バラバラになった内臓を消すにはコツがある。とにかくぎゅうぎゅうに寄せて、一体化させる。そこから魔石を抜くことで、急に魔力が通らなくなった魔物の身体が一気に消えるんだ。消えなかったら火で燃やすか土に埋めるかして処分しなくてはならないから、手間がかかるな。で、解体の経験がある者はいるか?」
ギドとアルバートが手をあげた。
「できない者は、ギルドの解体場を借りて練習をしておけ。絶対に外ではやるなよ? 魔物が襲ってきて食われるぞ」
「食うのは好きだけど食われるのはやだよ」
ギドがしかめ面をした。
「解体した時に手やナイフに付いた血は消えないから、水で洗うこと。水を出せるやつ、いるか?」
「はい!」
水の精霊アクアヴィーラの加護があるため水魔法が得意なトーリは、また元気よく手をあげた。残りの四人は生活魔法が使えるらしく、恐る恐る手をあげる。どうやら自信がなさそうだ。
「よし、みんなで出してみろ」
チョロチョロ、ポタポタ、ぽたんぽたん、ぴちょんと水が落ちる中で、トーリだけがジャバジャバと景気よく水を出したので、グレッグは手とナイフを洗い流した。
「これは生活魔法か?」
「はい。でも、僕は水魔法の適性があるので」
「なるほど。水魔法が得意だと旅の護衛の時に重宝されるぞ」
手とナイフを拭ったグレッグは、今度はマジカバンの中から鉄板を出してウサギの脂身をこすりつけると、かまどの上に置いた。
「気をつけるのは、生焼けにしないこと。さあ、焼いて食うぞ!」
「やったー!」
グレッグ教官はパンも用意してくれた。焼きたてのウサギ肉に塩こしょうを振ったものは肉汁がたっぷりで、さらにトーリが配ったアプラの実を食後のデザートにして、皆は美味しい昼ごはんを食べることができたのだった。
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