第44話

「ベルン、僕の髪の毛の中に木の実の殻を捨てないでくださいね」


「す」


 ベルンは『えっ、そんなことしてませんけど』みたいにそっぽを向きながら、髪の毛の中から殻を取り出してぽいと捨てた。頭の上のことなのでトーリには見えないが、その人間くさい仕草が可愛かったので、見ていた子どもたちとグレッグは笑った。


 ずっとトーリの服の中に隠れていたリスは、気分転換のためなのか彼の頭の上に乗っかって、風に吹かれながら木の実をかじっている。 


 食事の後に少し休憩をしながら、グレッグに植物を採取する時のコツ(品質を維持するために、ギルドから植物専用のマジ袋をレンタルすること、魔物を警戒するために警備役を付けること、単独の場合は魔物除けの薬玉で全身に臭いを付けるか、使い捨ての魔法スクロールで身体にバリア張ったり身体強化魔法を維持して防御力を上げておくこと、などなど)を指導された。


「マジ袋は植物しか入らないし、持ち逃げしても数日で効果が切れてただの布袋になる。おまけにギルドカードが赤く染まって犯罪者表示になって、いいことがまったくない。ちゃんと返せよ」


「はい!」


 返却が遅れたら、延滞料金を払えばカードの色を戻してもらえるらしい。

 

「トーリはマジカバンがあるからいいなあ」


「うん、すごく便利だよ。ひとり旅ができるのはこれのおかげ」


 トーリは少しくったりしていて、誰かから譲り受けたような味わいのあるマジカバンを見せた。


「加護付きだから、誰かに奪われる恐れはないんだ」


 それを聞いたグレッグは頷いて「残念なことに、この町にも無法を働くやからがいるからな。普通のマジカバンにも防犯になる魔法をかけた方がいい。金はかかるがそこでケチっては駄目だ」と言った。


「森の浅いところなら安い防具で行けるし、おまえたちはもう武器を手にしているから、まずは魔石を集めてマジカバンの小さい物を買うんだな。そうすると素材を持てる量が増えるから、魔物を丸ごと持ち帰ることができる。マジカバンは中古でたくさん出回っているし、高値で引き取ってもらえるから、徐々に大きなものに買い替えて行けばいいぞ」


「イノシシを丸ごと一匹持ち帰ったら、高値で売れますか?」


「ああ」


 子どもたちは喜んだが、グレッグに「まずは安定してイノシシを狩れるくらいに腕を上げること、だぞ? 怪我をしたら治療費で儲けが吹っ飛ぶからな」と釘を刺されてしまった。




「弓、右」


「火、左」


 光の矢と火の玉が左右からカマネズミの群れに襲いかかり、数匹を戦闘不能におちいらせる。

 続いて近接の三人が飛び出して、勢いよく飛びかかるネズミを次々に仕留めていった。槍士のアルバートはそのまま進むと怪我をしたネズミにとどめを刺していく。


「新たな群れ、五匹!」


 トーリは叫ぶとナイフに持ち替えて、マーキーと共にネズミの群れに向かう。ギドが下がってジェシカを守り、狙ってくるカマネズミを棍棒で叩き落とした。ジェシカも先に石のはまった杖を振って、ネズミの頭を砕いていく。


 とどめを刺し終えたアルバートも加わり、やがてカマネズミの群れは壊滅した。


「うん、焦りがなくてよかった。慌てずに敵を観察して確実に攻撃していくのが肝心だ」


「はい!」


「トーリ、見張りを頼む」


「了解」


 弓を手にしたトーリが辺りに気を配っている間に、マーキー、ギド、ジェシカ、アルバートがカマネズミにナイフを突き立てて魔石を取り出した。


「結局、何匹いたの?」


 アルバートが素早く魔石を数えて「十七だよ」と言った。


 魔石を預かってグレッグは言った。


「十七匹のネズミの群れを危なげなく狩れるようになったか。これから臨時でパーティを組むこともあるだろうが、最初に連携を確かめることを忘れるなよ。慣れた今ならカマネズミは敵じゃないと思うだろうが、今朝の状態で十七匹に襲われたら、小さな怪我では済まなかったことを忘れるな」


「はい!」


「では、講習は終了だ。最後にイノシシを狩ってみろ」


「ええええーっ⁈」


 グレッグはにやりと笑うと森を指さした。


「森からはぐれイノシシが出てきたぞ。トーリ、弓で攻撃して釣るんだ」


「えっ、でもあれ、大きくないですか?」


「うーん、ちょっとばかり大きいかもな。でも、額のこぶが大きいからいい魔石が取れるかもしれないぞ。知っていると思うが、カタコブイノシシはこぶの中と胸とふたつの魔石を持つ。こぶのは開けてみないとわからないが、運がいいと森の奥の魔物レベルのいい魔石が入っているんだ。まあ、ちょっとしたお楽しみだな」


 トーリは『命がけのお楽しみ、ですか? 冒険者らしいと言えばそうですけど……』と、笑顔の教官を見る。


「待ってよグレッグさん、作戦を立ててからにしないと」


 慌てたようにアルバートが言ったが、スパルタ指導のグレッグは「五人もいれば大丈夫だって。そら、不意打ちされた場合の訓練にもなるからやってみろ」と言って、付近の石を拾うとイノシシに向かって投擲した。


「さすがは教官、すごい肩だなあ」


「ギド、感心している場合じゃないって! すげえ怒らせたぞ、こええよ」


 軽く石が当たっただけだが、カタコブイノシシは自分よりも格下の生き物が攻撃してきたことに憤っているらしく、鼻息も荒く子どもたちの方へ駆けてきた。


「トーリ、迎え討とう!」


「うん! 弓、行くよ」


「魔法撃ちます、ファイアーッ!」


 ふたりの攻撃はイノシシに届いたが、頭のこぶで払われてしまった。


「体表も固いしこぶはもっと固いから、ぶつかると怪我するぞー」


「教官、手伝ってくださいよ!」


「薬があるから安心してぶつかってけー」


「やだよう」


「肉だと思えば怖くないじゃん?」


「ギドの食いしん坊」


 なんだかんだ言いながら、前衛三人はイノシシに攻撃を出している。トーリは『あんなの、意志を持つ軽トラじゃないですか! いくら身体強化が使えても怖いですよ』と顔を引き攣らせた。


「援護しよう」


「うん」


 ジェシカに言われて、第二射を構える。


「弓、行くよ!」


「魔法出すよ!」


 前衛は素早く射線を開けた。


「ファイアー!」


 先に火の玉が当たり、頭を振ったところにトーリの矢が当たった。今回は爆発する仕様だったので、ぼん! と派手な音を立てたのだが、イノシシには通じないようだ。だが、怒りを掻き立てられたらしく足を止めてトーリを見てブモーッ!と叫んだ。


「うわ、こっち来るかも。ジェシカさん、逃げて。ちょっと走ってみるよ」


「大丈夫?」


「僕、ウルフと追いかけっこしたし」


「あっ、そうだね」


 ジェシカはトーリから離れた。彼はナイフを持つと、イノシシに向かって「きゃー、こわーい」とわざとらしく言ってあおった。そして、トコトコ走り出す。


 カタコブイノシシはブッフォモーッ!と叫ぶと、トーリに向かって猛ダッシュした。

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