第34話

 この空間にはトーリしか来られなかったようで、いつも身体に触れている小さくて柔らかなモフモフがいない。トーリは少し寂しさを感じた。


「トーリはいつも、わたしに感謝の祈りを捧げてくれますね。ちゃんと届いていますよ」


 女神アメリアーナは微笑んだ。

 神には大きな力があるが、それも人々の信仰心があるからこそだ。忘れられた神は消滅してしまう。地球よりも神と人が近いこの世界では、信者たちの想いはダイレクトに神々に伝わり、神々の加護もはっきりと体感することができる。


「それは、アメリアーナ様が僕のためにいろいろと親切にしてくださるからですよ! 便利なマジカバンとか冒険者セットとかを用意してくれて、本当に助かっています。幸運の紐のおかげで、ミカーネンの町で会う人たちはみんないい人だし。いつもありがとうございます」


 頭を下げるトーリに、女神は手を振りながら「わたしだけの力ではありませんよ。トーリ自身がよい縁を引き寄せたのです」と言った。


「トーリがやっていたゲームを参考に、必要なものを用意してみたのですが……他になにか必要なものはありますか? あまり過保護にしてしまうと、せっかくの冒険生活が、単なる観光客目線になってしまいますからと思ったのですが」


「はい、難しすぎず簡単すぎず、ちょうどバランスがよくて助かってます! アメリアーナ様はゲーム運営の才能がありそうですね。僕も男子なので、こういった冒険要素は大好物ですから、とてもいい感じだと思います」


「そうなのですね、よかったわ」


 トーリの返事を聞いたアメリアーナが、可愛らしくふふっと笑ったので、彼は『かっ、可愛いですね。もしもここがゲームの世界だったら、女神アメリアーナ様がメインヒロインに決定ですよ!』と少しドキドキしてしまう。


「新しい生活を楽しんでいますか?」


「はい、とっても!」


 トーリはアメリアーナに、精霊たちとの出会いやラジュール、シーザーという頼れる友達ができたこと、気持ちのよい宿屋の人たちやちびっ子冒険者仲間の話などを、身振り手振りをつけて嬉しそうに話した。女神は慈愛に満ちた表情で「そうなのですね、それはよかったわ」と優しく合いの手を入れて、興奮気味のトーリを見守った。


「日本にいた時は、職場への往復とネットゲームだけの毎日だったのに、この数日で僕の一生に匹敵するくらい、いえそれ以上の新しい素敵な体験をすることができました。アメリアーナ様、ありがとうございます」


 トーリがあまりにも感謝をするので、女神の身体に力が満ち満ちて、とうとう光り輝き始めた。


「これからもあなたを見守っていますからね。どうしても困ったことがあったら、わたしに祈りを捧げて頼りなさい。でも、あまり干渉はしたくないのです。トーリの人生はトーリの力で切り開いてもらいたいし、過保護にしてしまうとあなたの成長を妨げることになってしまいますからね」


「大丈夫です、僕は仲間内での情報交換はしますが、攻略サイトはなるべく見ない派なんです」


「それは良い心がけですね。小さなお仲間と仲良く冒険を楽しんでくださいね」


「ありがとうございます。あの、ひとつ質問が……ベルンは本当に、普通のリスですか?」


「真面目な顔で何を尋ねるのかと思えば、トーリったら!」


 どうやら女神のツボに入ってしまったらしく、アメリアーナは笑いの発作に襲われてしまった。

 こういう時にどうしたらいいのかわからなくて、トーリはお菓子をつまみながら見守ることにした。やがて涙を拭いながらアメリアーナが立ち直った。


「ごめんなさい、あなたはとても面白いわ。はい、ベルンちゃんは普通のリスです、でもあなたと行動を共にして、少しずつ成長しているみたいですね。魔力の豊富な迷いの森で生まれて、トーリの発する清廉な魔力を浴びているうちに、リスの潜在能力に目覚めたのかもしれません。共に冒険に立ち向かう力強いパートナーになりそうですね」


 アメリアーナが「可愛いですし」というと、トーリもなぜか得意げに「そうなんです、すごく可愛いんです」と胸を張る。


「名残惜しいですが、そろそろあの場に戻す時間が来ました。いつもあなたの幸せを願っていますよ」


「アメリアーナ様、本当にありがとうございます!」


 彼は立ち上がって、深く頭を下げた。

 女神は美しく微笑んだ。





「あっ」


 気がつくと元の教会で座っていたトーリは、小さく声をあげた。


「す?」


 ベルンは『どうしたの?』と言うように首を傾げた。


「なんでもないですよ。さあ、お守りを買って戻りましょう。次は買い物ですよ。今日はやることがたくさんありますからね」


「す」


「ベルンは最高に可愛いリスですね。女神様のお墨付きです」


「す?」


 ベルンは不思議そうに首を傾げてから「……すっ」と照れてもじもじして、それを誤魔化そうとしたのかトーリの鼻の穴に木の実を詰めようとした。


「ベルン、そこは危険な場所ですから! エルフは鼻から木の実を食べることはできません!」





 鼻を木の実けら守ったトーリは、ひとりのシスターに「あの、唐突ですが、普段着るための服ってどんなものを選べばいいのでしょうか?」と尋ねた。

 教会では日頃からたくさんの人の相談にのっているせいもあって、様々な情報が集まってくる。建物の奥には相談室もあるのだ。


「そうですね。お財布事情もありますけれど、ダンジョン都市では中古服の扱いはあまりない傾向にありますね」


 シスターの話だと、領主都市の方では貴族や裕福な商人などがたくさん住んでいるので、流行の移り変わりでまだ品質の良い服が中古市場に多く流れてくる。けれど、このダンジョン都市では「着られればいい」と破れたり穴が空いたりしても繕いながら着て、最後はボロ布にして使い切ることが多い。おしゃれをしたい時には、領主都市の服屋に出かけて購入するというのだ。


「冒険者の皆さんは、新品を購入することが多いようです。そして、見た目よりも防具との相性や機能を重視して服を選ぶようです。お店の看板にどのようなお客向けの品揃えをしているかが書かれているので、それを参考にしてお店を選ばれるといいと思いますよ」


「そうなんですね、教えてくださってありがとうございます」


「あなたに神様のご加護がありますように」


 お礼を言って教会を後にする。

 果物を売ったお金もあることだしと、トーリはシスターに教えてもらった洋品店が並ぶ一角へと向かった。

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