第35話

 トーリとベルンは教会からしばらく歩くと、商店が並ぶ賑やかな道にやって来た。露天もあって、そこでは中古の衣類や雑貨が売られている。トーリはフリーマーケットみたいだなと思った。


 店先に置かれた看板をのぞいてみると、『女性もの おしゃれな服あります』『子ども服多数』『冒険者用 特殊効果付きあり』『下着から普段着まで』『領主都市より新作入荷 お祭りにもデートにも』などなどのアピールポイントが書かれた紙が貼られていた。

 中には『イカしたモテモテ服 男性向け』というものもある。


「モテモテ服か……」


「す!」


 足を止めたトーリの頬を、リスが『ちょっと落ち着け、正気か?』と言うようにぴたぴたと叩いたが、手がちっちゃすぎて彼の目をさますことができない。


「どんな服なのかちょっとのぞいてみましょうか……わあ、ベルン、なにをするんですか」


 トーリの頭にのぼったリスが、ぴょんぴょんと飛び跳ねたのだが、彼は「あ……ちょうど頭のツボが刺激されて気持ちいいです、そこそこ」と目を細めながら店の扉を開けてしまった。


「こんにちはー」


「いらっしゃいま……うふぉおおおっ、なんて綺麗な男の子!」


 二十歳前後の女性店員のおすまし顔が秒で崩れて、女子とは思えない声で叫んだので、トーリはそのままくるりと踵を返して店を出ようとした。


「ごめんなさい、怖がらないで! なにもしないから、ほーらほらほら怖くない、怖くない……ですよ! はい、逃げ道ふさいだ!」


 忍び寄る店員は素早い身のこなしで扉の前に立った。


「い、いや、怖いですから! 僕は今、この町に来てから一番の恐怖を覚えていますよ」


「す! す!」


リスはファイティングポーズをとって、真っ赤な髪をポニーテールにした若い店員を威嚇した。


「頭にリスを乗せた美少年さま、ようこそおいでくださいました! そんなイカレたファッションをしても顔が綺麗だから許されますよね、普通だったら近寄りたくない怪しい人ですけど!」


「えっ、僕、イカレてますか?」


「生きたリスを帽子にするなんて、とんでもイカレファッションだと言えましょう! そんなあなたに素敵な服をプロデュースするのはマギーラ洋品店のデザイナーのマギーラ・ジェッツ! マギーラ・ジェッツをよろしくお願いいたします!」


 トーリは『ものすごくよろしくしたくないんですけど……』と及び腰だ。


「ええと、二日分くらいの普段着と下着を探しているんですけど」


「このマギーラ・ジェッツにお任せを!」


「あの、普通のやつ、ありますか?」


「普通のやつもありますし、美少年にぴったりなフリル付きのやつもございます」


「フリルは無しで」


「ちょっとだけなら……」


「無しで」


 トーリは白目になりそうなのをなんとかこらえながら言った。




 マギーラ・ジェッツは人としてアレであったが、デザイナーとしての腕は確かで、トーリは着心地のよい服を手に入れることができた。


「マギーラさんって苗字があるけれど、もしかして貴族……だったりします?」


「だったりします。ミカーネン領主都市から馬車で半月くらいの所にある、ジェッツ男爵家の娘です。でも、どうしてもデザイナーになりたくてこの地に流れて来たんですよ」


 アレな所に目をつぶれば、マギーラは頭も良く腕も良く、しっかりした女性である。


「親は女騎士になれってうるさかったんで、軽く出奔しゅっぽんしてきました」


「そうなんですか。それじゃあ、マギーラさんは剣が得意なんですか?」


「それが剣は相性が悪かったので、ハルバートってわかります? 斧と槍がくっついたような武器なんですが、あれをぶんぶん振り回してましたねー」


 マギーラは「今はダンジョンに潜ってるので、ぶつからないようにちょい短めのやつを振り回してますよ。あそこにはいい刺繍糸になるアイテムを落とす、蜘蛛の魔物がいるんですよね」と笑った。


「ダンジョンに? すごいじゃないですか! もしかして、冒険者なんですか?」


「ま、Dランクですけどね」


「ますますすごいじゃないですか」


 ちなみに、Dランクはソロで中層階の浅いところに潜れる強さで、そこまで行くと魔物が大きな魔石やら高価なアイテムやらをドロップするので、かなりの大金を得ることができる。


「トーリさんも冒険者なのでしょう?」


「はい、まだギルドに入ったばかりの見習いですけどね」


「Gですか。それなら、まずは草原で魔物狩りに慣れる感じですかねー。ミカーネンは魔物が多いから、まったくの初心者では草原に行けません。ウサギもネズミも、身体が大きいわ牙だのツノだの付いてるわ好戦的だわで、下手するとボコボコにされてしまいますよ。ここに来るのは地元で普通の動物を狩っていたとかで、ある程度剣技を身につけた冒険者志望がほとんどですね。危険な分、実入りが大きいから、ここで冒険者デビューをしたいと遠くから人がやって来ます」


「なるほど。ダンジョンに辿り着くまで、先が長そうですね」


「草原で魔物に慣れて、森に入れるようになって、それからですねえ。ギルドの審査を受けて交付される、ダンジョン入場許可証がなければ入れません。ま、無理はしないことです。命を落としたらお金なんてなんの役にも立たない単なるピカピカですよ」


「確かにね……」


「森に入れるようになったら、防具にも力を入れた方がいいですね。よかったら、特殊効果を付与した服も作りますよ。刺繍かフリル付きになりますけれど」


「刺繍でお願いしようと思います」


 あくまでもフリルを拒否るトーリであった。

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