第33話

 神父はたくさんの人と関わる仕事だけあって、コミュニケーション初心者のトーリでも緊張せずに話せる雰囲気がある。

 そして、トーリの肩に乗るベルンにも優しく微笑みかけたので、ひとりと一匹は『この人、いい人!』となった。


「ここはとても素晴らしい建物ですね。小さな教会だと聞いて来たのですが、想像以上に立派で驚いているんです」


「そう言っていただけて嬉しいです。皆様の応援で、このように素晴らしい建物が建ちました。ありがたいことです」


 まだできたばかりの建物らしくて、どこもピカピカな神殿のホールは祈りを捧げる人々で賑わっている。片隅にあるお守りなどの販売コーナーにも数人が列を作り、若いシスターに「あなたに神様の祝福がありますように」と渡されて嬉しげに受け取っている。


「冒険者は信心深い人が多いみたいですね」


 ダンジョンの探索は、場合によっては命がけになるし、宝箱から良いアイテムが出るかどうかは運任せになる。神様にすがり、幸運に恵まれたいと願いたくなるのも頷けよう。


 トーリは様々なゲームをしてきたが、キャラクターに『幸運』というパラメーターがある場合には、その高低がゲームを左右した。

 

(僕にはアメリアーナ様の加護があるし、幸運の紐までもらってしまったから、親切な人にたくさん会えたし素敵な友人とも出会えました。ありがたいことです)


 髪を結ぶ紐に触れて、改めて運の良さに感謝をするトーリであった。


「神様の像も光を受けて美しく輝いていて、とても喜んでいるように見えますね。神様にも信者にも居心地がよさそうな教会です。そうだ、寄付をしなくちゃ」


 まだ子どものトーリがお財布をごそごそし始めたので、神父は「今日は神様とお話をなさるだけでも大丈夫ですよ? 寄付は余裕がある時で良いのですから」と彼を止めた。


「でも、せっかく来たんだし」


「ダンジョンで狩りをした大人の冒険者の皆さんが、たくさんの寄付をくださるのです。お小さいうちは、気持ちを込めてお祈りをなされば、それだけで神様もお喜びになられますよ」


「そうですか……」  


(僕はお小さくなくて、もう大人なんですけど。どうしましょうか)


 神像の周りを見たトーリは、捧げ物が置かれた祭壇を見つけた。


「あそこにいろんなものが置かれていますね。果物も乗ってますけど、神様は果物がお好きなのでしょうか?」


「どのようなものでも、お気持ちが込められていればお喜びになると思いますし……」


 神父は声をひそめて「我々はお下がりをいただきますので、果物は美味しく食べられて助かります」と、少しいたずらっぽく言った。


「それじゃあ、今日はこの前手に入れた果物を捧げていくことにします」


 トーリはマジカバンからアプラ、ブルーバ、リバンバンといった様々な果物を取り出して、祭壇に山と乗せた。

 アプラが乗った時には嬉しそうな笑顔で見ていた神父だったが、その後に次々と現れる高価な果物を見て「えっ、ちょっ、それは、うわあ」と動揺の声をあげた。


「もし、もしもし、お小さい冒険者さん」


 恐る恐るトーリの肩に手をかけた神父は、にこにこしながらさらに果物の山を高くしようとするトーリに「それくらいで充分ですよ、むしろ、そんなにいただくと心配になってしまいますから。無理のない範囲でお願いします」と言って、彼を止めようとする。


「大丈夫なんですけど……わかりました。それじゃ、乗るだけにしておきます」


「はい……あれ?」


 神父は異常に気づいた。

 トーリがまた果物を積んでいるのに、高さが増えない。積んでも積んでもまだ積める。


「祭壇に消えている? 吸い込まれている?」


「神様はやっぱり果物が好きみたいですねえ、みんな美味しくて、僕も大好きです」


 トーリはにこにこしながらマジカバンから果物を出していたが、やがてリスのベルンがそのてっぺんに「す」と木の実を乗せた。

 どうやら『いい加減にしなさい』と注意をしたようだ。

 

「わかりましたよ、ベルン。それでは女神アメリアーナ様にお祈りをして帰りましょう」


「す」


 トーリは「???」となって祭壇を見つめている神父にぺこりとお辞儀をすると、女神像の前にあるベンチに腰かけた。


 見ていると、座って長く瞑想する者や、跪いて祈る者、やってきてちょこんと頭を下げてそのまま併設されたお守りコーナーで買って、急ぎ足で帰る者など様々だ。それぞれのペースで祈って良いらしい。

 像の前には寄付金箱が設置されているが、その額も自由で、中にはそこそこ貨幣が入っていそうな袋を神父やシスター(シスターも三、四人はいるようだ。気軽に信者に声をかけて話している)に渡す者もいる。


 トーリは果物を(大量に)捧げたので、今日のところはいいかなと考えて、目をつぶって恩のある女神アメリアーナを思い浮かべた。


『トーリさん、ごちそうさまです。美味しそうな果物をこんなにたくさんいただけて嬉しいわ。他の神々とわけっこして食べるわね、うふふ』


「うわあ」


 トーリはパッと目を開けて、辺りを見回した。

 どうやら今の声は彼にしか聞こえなかったらしい。


 再び目をつぶる。


『そのまま! そのままよ、さあ、こっちをご覧なさい』


「ええと、どっちを……あっ、アメリアーナ様!」


「はい、アメリアーナよ。ようこそいらっしゃいました。ここにおかけなさいな」


 いつの間にか、トーリは不思議な空間に移動していた。

 真っ白で何もない場所に、最初に女神アメリアーナの姿が現れて、それからソファーとテーブルといった応接セットまで出てきた。


「素敵ないただきものをしておいて、お茶も出さずに帰らせるなんてことをしたら、調和の女神の名がすたってしまうわ。ささ、遠慮なくどうぞ」


 テーブルの上にはティーセットや三段重ねのミニデザートセットまで現れた。様々な果物が美しく盛り付けられた美味しそうなタルトは、トーリが捧げた果物で作ったようだ。


「あっ、僕がお茶を淹れますね」


 彼はポットに茶葉を入れて、慣れた手つきで紅茶を淹れる。喫茶店に行っても歓迎されない桃李は、ネットで淹れ方を研究してお家でカフェごっこをしていたのだ。

 

「まあ、とてもお上手ね」


 女神アメリアーナは、「人にご馳走するのって初めてなんです。緊張しちゃいますね」と少し頬を染めながらカップにお茶を淹れるトーリを見て、『不憫な子……』と悲しい瞳をした。 

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