町をうろうろ

第32話

「ラジュールさん、こんにちはー! 昨日はありがとうございました」


「す」


 顔見知り(ちなみに、トーリはすでにラジュールとは友達になったと勘違いしている)の騎士を見つけたトーリは、手をぶんぶん振りながら駆け寄った。

 これは、『友達に会ったら全身で会えて嬉しいことを表現するものだ』と思い込んでの行動だ。そのようなことをするのは、幼稚園児かせいぜい小学校低学年までの子ども、もしくは彼氏を見つけたぶりっ子彼女のやることなのだが……友達付き合いの経験が皆無のトーリは、いろいろと間違った思い込みをしていた。彼の情報源が主に漫画だったせいかもしれない。


「トーリか」


 門を通る人々を鋭い視線で眺めていた騎士ラジュールは、エルフの少年と偉そうなリスを見た。懐の深い騎士は『人懐こい子どもだな』と考えただけで、特に動揺はしなかった。

 この世界には様々な種類の人がいて、人種や地方によって常識も変わってくる。

 エルフの美少年が、花が咲き乱れるような満面の笑顔で駆け寄って来ても、ラジュールは『そういう習慣があるのだな』くらいで流した。


「お仕事お疲れさまです! えっと、おかげさまで、シーザーさんにとても良い宿を紹介してもらって落ち着きました。あと、ギルドの初心者講習も受けているんですよ。冒険者の見習いになって、この仕事をやっていけそうなことがわかりました」


「す」


 肩のリスが偉そうに頷いた。どうやら『うちの子はできる子だ』と自慢しているらしい。


「そうか、それはよかった。職に就けるなら安心だ。しっかりと励むといい」


「はい、がんばります」


 トーリの明るい表情を見たラジュールは、ギルドマスターであるシーザーがトーリを『使える』と判断したことを察した。

 そして、彼の背中の弓を見て、わずかに目を細める。優れた武人は武器を見るだけで相手の技量を把握するのだ。


「講習を受け、無理せずに慣れていけば大丈夫だろう。トーリのような若者は、己の力を過信せずに、命を大切にするのが肝心だ」


「はい、ありがとうございます。正直言って魔物は怖いので、絶対に無理はしないつもりです」


「それがいい。蛮勇は真の勇気ではないからな」


 淡々と話すラジュールに、トーリは『ラジュールさんって、めっちゃカッコいいです』と内心でドキドキした。確かに、背が高くきっちりと騎士服を身につけるラジュールは、見た目も話す言葉も落ち着いていて、ある種の貫禄がある。


「ラジュールさん、よかったらそのうち一緒に食事でもいかがですか? シーザーさんも誘っているんですけど……そうですね、僕が依頼を受けてお金を稼いだら、ご馳走しますよ!」


「そうか、ご馳走してくれるのか。楽しみにしている」


 ふっと笑うラジュールを見て『笑い方もカッコいいです!』と感動しながら、トーリは「それではまた」とその場を離れようとした。

 と、肩に乗っていたベルンが「す!」とトーリの耳を引っ張った。


「ベルン、どうしましたか?」


「す」


 リスは、どこからか取り出した炒った木の実を『これをお食べなさい』と言わんばかりにラジュールに差し出していた。

 まるでおかんである。


「ラジュールさんをねぎらっているの? ベルンは優しいリスですね」


「……ベルン、くれるのか」


「す」


「うむ」


 ラジュールは受け取った木の実の殻を割ると、口に入れて「……うむ」とリスにうなずいた。ベルンも満足したように「す」と鳴いた。


 カッコいい騎士ラジュールは、リスに対する振る舞いもカッコいいのであった。






「さて、次は教会ですよ」


 ラジュールと別れたトーリがしばらく歩いて行くと、中心部から少し離れたところに、教会があった。


「あれ? 全然小さくないと思うんですけど……」


 この世界での『小さな教会』は、日本とはレベルが違ったようだ。

 先の尖った塔の上には鐘が設置されていて、天井が高く窓には色鮮やかなステンドグラスがはめられている。ノートルダム大聖堂が代表するゴシック様式の建築に似ていて、屋内に光がふんだんに取り入れられている。

 正面に立って見ると、石で作られた建物には美しい装飾が施されていて、木の扉には植物の模様が立体的に彫られていた。

 信者を迎えられるように、日中は扉が大きく開け放たれているので、トーリは階段を上って中に入った。


「気合いの入った建物ですね。この町で一番豪華じゃないですか。やっぱり神様をお祀りするとなると、それに相応しい建物を作ろうと力を尽くすのですね」


 吹き抜けになっていて広々としたホールには、ぐるりと囲むようにして神像が建てられている。降り注ぐ光を浴びて神々しく輝く神像が十以上もあるところを見ると、この国は多神教らしい。

 自分が強く信仰している神様の像の前で祈るらしい。それぞれの像の前ではかなりの人数が立ったり座ったりひざまずいたりと、思い思いの姿で祈っていた。


 ここはダンジョン都市だけあっで、闘いの神や魔法の神が特に人気らしい。ごつい身体つきの冒険者が、何やらむにゃむにゃと気合を入れて祈っている。神様に見せたいのか、神像に向かって格闘技の型を披露している者までいて、とても賑やかだ。


「こんにちは。こちらにいらっしゃるのは初めてですか?」

 

 トーリが興味深げに教会の中を見回していると、神父っぽい服装の男性に声をかけられた。


「そうです。神父様ですか? よく分かりましたね」


「はい、神父のサミュエルです」


 茶色い髪に緑色の瞳をした若い神父は、人懐こい笑みを浮かべて言った。


「僕は、人の顔を覚えるのが割と得意なんですよ」


「信者の方をみんな覚えているんですか。神父様にぴったりの能力ですね」


「はい。これも神様の思し召しなんでしょうね」

 

「僕はエルフで、見習い冒険者のトーリといいます」


「トーリさん、ですか。ようこそいらっしゃいました。お会いできて嬉しいです」


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