第22話

「うっま! このごはん、うっま!」


 丁寧な言葉遣いが完全に吹っ飛んだトーリは、温かい食事に夢中になった。この世界にやってきてから、果物とマジカバンに入っていた携帯食くらいしか食べていなかったので、人の手で、しかも腕のいい料理人の手で作られた熱々の食事はひときわ美味しく感じた。


「そんなに喜ばれると……嬉しいんだが、なんだか切なくなっちまうなあ。今までろくなもんを食ってなかったのと違うか?」


 リスのように頬っぺたを膨らませて食べるトーリを見て、ジョナサンは苦笑する。

 そして、トーリは彼を見て「むんむん」と頷いてから、もきもきと口を動かした。


 きちんと下処理をされた肉は柔らかくて臭みもなく、みずみずしさを保って焼かれている。さらにそこにはスパイシーで爽やかなソースがかけられていた。このソース、実はトーリが渡したアプラの皮と芯が使われていて、ほのかな甘味がソテーされた肉の旨みを引き立てている。

 にんじん、玉ねぎ、長ねぎ、キノコ、キャベツといった採れたての野菜がふんだんに使われたスープも、パンを浸して食べるとどんどんお代わりをしてしまいそうな、家庭的で優しい味わいだった。

 銅貨3枚でスープとパンのお代わりができて、お客のほとんどが二杯目を楽しんでいたし、もちろんトーリもお代わりをした。


「この肉はなんですか?」


「ダンジョン産の魔物だ。豚と猪を掛け合わせて、ツノを二本生やしたような奴で、脚が六本あるのが特徴だな」


「魔物なんですか。すごく美味しいですね」


「そうだな。魔力で動くせいか、魔素の働きなのか、魔物の肉はとても美味い。肉が固くなりすぎず、加熱しても肉汁がたっぷりだ」


 ダンジョンが近いこの町では魔物肉もたくさん流通しているので、町の名物料理になっている。


「魔素ですか。森の中の果物が美味しいのも魔素が豊富だからでしょうか」


「かもしれん。迷いの森、ダンジョンと魔素の濃い場所がふたつもあるからか、野菜の生育も良くて料理人にはありがたい町だな」


「酒も美味いぞー」


 エールを飲み終わった冒険者のおっちゃんが「食後の一杯も頼むよー、いや二杯にしてもらおうかなあ」とトーリに甘えてきて、ジョナサンに「早く寝かせなきゃなんねえんだから、子どもをこき使うな」とゲンコツぐりぐりをもらっていた。


「トーリお兄ちゃん、酔っ払いが騒いでごめんなしゃいねえ。みんなお仕事の疲れを癒してるんだから、堪忍してやってー」


 幼いロナが小首を傾げて大人ぶった口をきくので、トーリは笑わないように腹筋に力を入れながら「大丈夫ですよ、ロナちゃん」と真面目な顔をして答えた。





 

「ふう、料理が美味しい宿っていいですね。ここは大当たりですよ。紹介してくれたシーザーさんにお礼を言わなくてはね」


「す」


 再びベッドに寝転んだトーリは、満足げにおなかをさすった。気持ちが落ち着いたので口調が丁寧モードに戻っている。


「明日はまず冒険者ギルドに行って……できたら門にも行ってラジュールさんに挨拶をしたいものです。そして、お店も見て回りたいし、教会も探さなくては。あっ、明日こそお風呂に行きましょう! いろいろと忙しくなりそうですよ」


「すっ」


 胸の上に乗ったリスが『がんばれ』と言うようにトーリをぽんぽん叩いた。


「リスもお風呂に入るんでしょうか?」


「すすっ」


 ベルンは『いえ、わたしは結構』というように手を降ると、リス用の籠の中に戻っていった。 

 客室には小さなランプが置いてある。魔石をエネルギー源にしてほのかな光を放つランプを消すと「町に到着して、どっと疲れが出ちゃったのでしょうか。とても眠いです、おやすみなさい」と言って、トーリは目を瞑った。

 そのまま、朝までぐっすりと眠るトーリ。

 このミカーネンの町から、彼の新しい人生が始まる。

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