第21話
「やっぱり屋内って安心できますね、ありがたみが身に沁みます」
ハンモックの開放感も、洞窟の秘密基地感も捨て難いが、宿屋のベッドは安全性が違う。
久しぶりのベッドに仰向けになり少しうとうとしていると、夕飯を知らせる鐘が聞こえた。トーリが身体を起こすと、リスが肩に乗った。
「一緒に来ても大丈夫とは思いますが、部屋で休んでいてもいいんですよ?」
ベルンは「すっ」と言って肩をすくめる。
「僕ひとりでごはんに行かせるのは心配?」
「す」
リスの保護者は重々しく頷いた。そして、するりと降りて物入れの前に移動するとそこを指さし、開けろと催促するので、トーリは鍵を開け扉を開いた。ベルンは今夜の夕飯にする木の実を選んで、今度は閉めろと指をさす。
「大事な木の実ですよね」
「す」
もう会話ができる(?)ことを隠すつもりがないリスは、素早く木の実を隠すとトーリの身体を登り、肩の上の定位置に着いた。
階段を降りると、そこそこ広い食堂は半分埋まっていた。食堂でもある銀の鹿亭は宿泊客に先に食事を出すようなのだが、トーリは『意外とたくさんの人が泊まっていたんですね』と思った。
夕方からの手伝いに近所から来ているのか、四十代くらいの年配の女性が二名、給仕をしていた。
「あらあら、新顔さんだわあ。ずいぶんと可愛らしい男の子が泊まりにきたんだね」
ふくよかな婦人が、あっはっはと笑いながら言った。
「ロナちゃんのいいお兄ちゃんだわねえ」
こっちはなんだか瓜に似ているヒョロリとしたご婦人だ。
「そなのよー、ミゼッタちゃん、アンナちゃん。こちらはトーリお兄ちゃんなの」
可愛い看板娘が「トーリお兄ちゃんとベルンちゃんは、こっちのお席よ」と案内してくれる。
ちなみに、ふくよかなご婦人がミゼッタ、ヒョロリとしたご婦人がアンナなのだが、三人揃って看板娘(?)らしく、お互いにちゃん付けで呼び合っているようだ、
「夜はお勧め定食なのよ。お酒はね、あんまり飲んじゃ駄目なお決まりよ」
どうやらここは『酒場ではなく食事を楽しむところ』というスタンスの店らしい。
「守れない人はおとうさんがメッてして、他のお宿に移ってもらいますー。今夜はお酒、飲みますか?」
酔っ払いの迷惑な客はジョナサンがお断りするので、安心して食事を楽しめそうだが……。
トーリは人差し指を立てて『メッ』しているジョナサンを思い浮かべてしまい、少し顔を引きつらせた。
「どうしようかな……」
と、そのジョナサンがお盆を持ってやってきた。
「おう、トーリはまだ子どもだから出せるのは弱いやつだけだぞ。飲むか? 男なら飲むよな。悪酔いしたら叩き出すぞ」
どうやら飲むのは決定らしい。
エールらしいものを運んできたジョナサンに、客のひとりが「おやっさん、それじゃあ少年に酒を勧めてんのか止めてんのかわかんねーぞ」とつっこみを入れた。
彼はトーリの前にエールの入ったカップを置いた。
「こいつは初宿泊記念だ。冷やすともっと美味くなるんだが、エルフならそういうのもできるんじゃねえか?」
「冷却魔法、ですね。生活魔法でできるのかな……」
トーリはエールの入ったカップを受け取ると、慎重に慎重にと思いながら『
「上手くできました」
「おう、すげえな。たいしたもんだ、才能あるぞ」
トーリがエールを飲んでみると、冷えてすっきりと喉を通る。
「なるほど、冷やすと喉越しがよくなって美味しいですね」
「ほほうそいつは羨ましいぜ。てことで兄ちゃん、おっちゃんの酒も冷やしてくれよ」
「俺のも。銅貨三枚でどうだ?」
「ええと、いいですけど……」
「俺も」
「やったぜ、エールを冷やせる魔法使いが泊まってるなんて運がいい!」
どうやら簡単な生活魔法の相場は銅貨三枚のようだ。ダンジョンに潜って懐が豊かな冒険者たちが次々にカップと銅貨を握ってやってきたので、トーリのテーブルには小さなお金の山ができた。
「かーっ、うめー!」
「冷えたエールは底なしに入るぜ」
「おやっさん、お代わりもいいだろう? まだ酔ってないからさ、なあ」
「俺ももう一杯飲みたい」
と、そこでトーリの食事が運ばれてきた。
「今夜は野菜のシチューと厚切り肉のソテーだよ。って、たいていこれなんだけどね、肉のソテーは力がつくし、味つけが毎日変わるから飽きずに美味しく食べられるんだ。今夜はおまけの果物もひとくちついているよ」
ふくよかなご婦人のミゼッタが新入りのトーリのためにメニューを紹介してくれる。
おまけとして、小さく切ったパナプルとアプラが添えられていた。
「それでは僕も食事をしますので、冷やすのはここまでに……」
「ちょっと待ってくれ、お代わりを頼んじまうからさ」
次のカップを頼んだ男たちが「お願い!」「お願い!」「お願い!」「お願い!」とテーブルの傍に並ぶ。
すでに冷却魔法を使いこなしているトーリは慣れた手つきで駆け込み依頼をこなすと、自分のエールをもう一度冷やしてから「わあ、美味しいですね」と食事を楽しんだ。
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