第17話

「そういや、今夜の宿は大丈夫なのか?」


 気を失ったトーリが寝ていたのは、ギルドの二階にある休憩室だった。階段を降りながら「大丈夫と言えば大丈夫です」とシーザーに返事をする。


「まだ決めていませんが、見つからなかったら、森に入って木の上で夜を明かします。ハンモックがあるから大丈夫ですよ、鳥系のモンスターは夜には出てこないし」


 エルフは森に適応した種族なので、木の上で夜を明かしてもしっかりと体力が回復するのだ。特にトーリは森の妖精と友達になったので、寝ながら森の祝福のようなものを受け取り、気持ちよく夜を過ごすことができる。


 元々、趣味がソロキャンプだけあって、彼は自然を愛していたし、孤独な夜も都会の孤独とは違ってむしろ好ましかった。

 なんなら、迷いの森までひとっ走りして、高い木々にハンモックをかけて天空の寝床で過ごすのもいいなと考えていたが。


「ちゃんと宿屋の部屋で寝ろよー。それに、間違っても迷いの森には行くなよ。あとで地図を見せて、行っていい場所と駄目な場所を教えてやるからな」


 トーリは、「そうですねー」と曖昧に笑って誤魔化した。





「それじゃあ、今回のトーリの報酬だ。見習い治療師の額を参考にしてある」


「ありがとうございます」


 渡されたのは、大小二種類の銀貨と銅貨だった。手に持って観察していると、シーザーに「なんだ、金を見るのは初めてとか言わないだろうな?」と声をかけられる。


「僕の使っていたものと違うから、どのくらいの価値があるのかなと考えていました。たとえば、宿に一泊するならこの銀貨だと何枚でしょうか」


 トーリはうまくごまかしたつもりだったが、シーザーは「あ……」となにかを察したようだ。


「安宿で雑魚寝だと銀貨一枚、まともな宿なら素泊まりで五枚ってとこだ。だが、お前はもうちっといい所に泊まった方がいい。安い所で夜中に襲われたら面倒なことになるからな」


「僕はマジカバン持ちだから、強盗に狙われやすいんですね、わかります」


「……まあ、それもある。それだけ手持ちの金があるなら、銀の鹿亭がお勧めだな。部屋に鍵がかかるし、あそこの親父さんは元冒険者だから、怪しい奴には鼻が効く」


 トーリは「ということは、銀貨一枚が千円くらいでしょうか。銅貨は百円で……」と呟いた。


「銅貨が十枚で銀貨ですよね?」


「そうだ。銀貨十枚で大銀貨、それが十枚で小金貨だ」


(十進法ですね。十本の指で計算するから当然でしょうか。大銀貨が一万円、小金貨が十万円。となると、さっきの回復魔法の報酬は七万五千六百円ですか。この辺りのお給料と比較すると、多いのか少ないのか……)


 そんなことを考えながら、硬貨をマジカバンにしまおうとした。


「待て待て、財布に入れてからしまわないと駄目だろうが。普通のバッグのふりをすることを諦めるな。それから、当座の分以外はギルドの口座に入れることもできるが、どうする?」


「現金で持っています。お財布、どこで売ってますか?」


「本当に金を持っていないんだなあ……」


 シーザーは皮の小袋を取り出すと「銅貨五枚だ」と売りつけてきた。


「たいして金を持ってないやつは、これで充分だからな」


「ちょっと高くないですか?」


「この首にかける紐もつけてやろう」


「もうひと声」


「……お前、商人向きかもよ。うーん、この麻の袋もやる。薬草を摘んだら入れておくものだ」


「ありがとうございます」


 商談が成立した。


「このあとは宿で休むのか?」


「その前に買取り所に行きます」


「おう。最後にこの地図を見ろ」


 ギルドマスターが出したのは、手書きで情報量が少ない地図だった。


「これがミカーネンの町、門は二ヶ所ある。こっちに行くと迷いの森」


 地図の下の方に『迷いの森』と書かれていた。


「この森の浅い所は採取できる植物が豊富だが、初心者のうちはひとりで行くのはやめておけ。たまに強い魔物が出てくることがあるから、数人でパーティーを組んでから行くのが一般的だ。もしくは護衛を雇う」


「魔物が大量発生して、森から溢れ出てくることもあるんですか」


「迷いの森からは、起きたことがないな。西の森からはあるぞ。だがここはダンジョン都市だから、冒険者はたくさんいる。大量発生はお宝の山がやってくるとしか思われんな。町の外壁にも厳重に防御魔法がかけられているし」


 シーザーは、町の左側をさして言った。


「こっち側にあるのが、狩りによく使われている森だ。奥に進むと強い魔物が出てくるのは一緒だが、棲み分けが決まっていて使いやすいし、なにより普通の森だ。その上の草原の先にあるのがダンジョンだ。底なしの洞窟で、中から宝箱が生まれてくるし、魔物を倒すと宝箱に変わることもあり、珍しい武器防具や素材が手に入る。ただし、見習いのうちは入れないぞ」


 トーリは地図を見つめて記憶に焼きつける。


「明日の朝、お前の腕前を見てやるからここに来い。ギルドでは有料で講習もやっているから、気になるものを受けてみろ。初心者講習があるから、それから始めるのが基本だが……ある程度の戦闘力がないうちは、草原と安全な森の手前の方、町の中の依頼を受けることだ。早速だが、治療院から実習のお誘いが来ているから、そこで腕を磨いておくと後々役に立つだろう」


 

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