第16話
「……あれ?」
意識を取り戻したトーリは、自分の声がいつもよりも高いことに戸惑い、目に入った天井が自宅でないことに気づき、そしてエルフのトーリとして転生したことを思い出した。
彼の胸にはリスが座り、木の実をかじっていた。トーリの顔をちらっと見て「す」と鳴き、あとはまるっと無視である。心配していたのかしていなかったのか、まったくわからない。
「気分はどうですか?」
声をかけられて、トーリは一瞬顔を隠しそうになった。
そして、今は端正な顔のエルフになったことを改めて思い出し『もう顔を見られても大丈夫なんだ』と力を抜いた。
「あ、はい、さほど悪くないです」
白い服を着た若い女性が、トーリが横たわるベッドの側に座っていた。そして「小さな治療師さん、お疲れ様でしたね」と微笑んだ。
「わたしは治療師のモリーといいます」
「僕はエルフのトーリです。冒険者の見習いです。でも、僕はどうしてしまったんですか? 毒にやられた人は、治りましたか?」
「患者は冒険者のダンという人ですよ。安心してください、治療が終わったので、数日安静にしていれば後遺症もなく治るはずです」
「それはよかったです」
「あなたが適切な処置をしたからですよ。体内に入った毒まで見事に処理しましたね。あれほどの重症ならば、通常なら半月はベッドから起き上がれなくなってもおかしくありませんでした。素晴らしい腕前です。ただね、治療のために無理をしたのはあまり褒められませんよ」
女性はちょっぴり怖い顔でトーリを叱った。
「もしかして、重い怪我人を治療したのは、初めてなのではありませんか? 慣れていないのに回復魔法を連発したせいで、あなたの身体に負荷がかかってしまったのです。いわゆる『魔力負け』ですね。エルフなので、人とは違って大気中の魔力を制限なく取り込める体質でしょう?」
「あ、そうですね」
トーリはゲームの設定を思い出した。人間は体内に魔力を貯めて魔法を使うのだが、エルフは周囲の魔力を吸い込み、身体に通して使うのだ。
「エルフは、わたしたちのような魔力欠乏状態にならない代わりに、急に魔力にさらされた身体が悲鳴をあげて、今日のように倒れてしまうのですよ。魔法の才能があるのだから、きちんとした指導を受けながら練度をあげていかないと、魔力に身体が破壊されて魔法を使用できなくなります」
魔法が使えなくなったらとても困るので、トーリは震え上がった。
「せっかく魔法が使えるようになったのに、それは困ります!」
「そうですね、これからは気をつけましょうね。少しずつ慣らしていけば問題ないでしょう。でも、トーリさんががんばったおかげで、ひとりの冒険者が引退せずに活動を続けられるようになったのです。とても偉かったですね」
優しそうなお姉さんに褒められて、トーリは嬉しそうに笑った。
「トーリさんが良ければ、治療院のお手伝いの依頼を受けてみませんか? 週に一度でも経験を積んでいけば、回復系の魔法がスムーズに使えるようになるでしょう。もちろん、魔力への耐性もつきますよ。冒険者の仕事をする時にもきっと役立つことと思います」
「お誘いをありがとうございます」
「よろしければ検討してみてくださいね。いつでもお待ちしています」
治療師のモリーは最後にトーリの体調をチェックすると「問題なさそうなので、ギルドマスターに報告して帰ります。お大事になさってね」と部屋を出て行った。
「優しくて親切な治療師さんでした。ベルン、さっきは僕の身体を心配して止めてくれたんですね。ありがとうございました。君は本当に賢いリスですね」
リスはトーリに向かってサムズアップをしながら「すっ!」と力強く鳴いた。
「トーリー、大丈夫かあー」
気の抜けた声でそう言いながら、ギルドマスターのシーザーが入ってきた。
「モリーに、ガキンチョに無理させるんじゃねえって叱られちまったぜ」
もちろん、もっと上品な言葉で注意したのだが。
「それはお気の毒です。僕はすっかり元気になりましたから、もう大丈夫ですよ」
「おう。男にはな、無理を承知で踏ん張らなきゃなんねえ時があるのよ。トーリはダンの人生を救った。見習い冒険者として立派なスタートを切ったな。今回の治療は依頼扱いにしておいたから、帰りに報酬を貰っていけよ」
「いいんですか?」
「冒険者がしてはならないことは、信頼を裏切ることとタダ働きをすることだ。どっちも真っ当に働く仲間に迷惑をかけるからな。覚えておけよ」
「はい」
ベッドの上に起き上がり、トーリは頷いた。
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