町に到着

第11話

 エルフの身体になってから体力が向上し、歩くくらいならほとんど疲れを感じないトーリは休みなく歩き続けて、その日のうちに町の入り口についた。身元の確認と審査のために並ぶ人々の会話から、この町は『ダンジョン都市ミカーネン』という場所で、ミカーネン伯爵の領地だということがわかった。


「想像以上に大きな町ですね」


 全体をゴツい丸太の壁でぐるっと囲まれた町は、都市と呼ぶほどではなかったがかなり広く、入り口で待つ人々も二、三百人はいる。


 リスを肩に乗せて、情報を手に入れるために耳を済ませながら並んでいると、思っていたよりも早く順番が回ってきた。三人の門番が身分証の確認をしていたし、ここはダンジョン攻略を目指す者たちが集まる町なので、検問も犯罪者を弾くのがメインであまり厳しくなかったのだ。


「身分証は?」


「持っていません」


「なにも? どこかのギルドに属したことはないのかな?」


「ありません」


 門番は『ダンジョンで一旗あげようと、冒険者を目指す若者かな』とトーリの顔を見た。そして『まさか、家出したおぼっちゃんではなかろうな』という疑念を抱く。


「そのリスは」


「ただのリスで、ベルンという名前です。好きな食べ物は木の実で、特技は木の実を隠し持つことです」


「お、おう」


 人との会話に飢えているトーリは、厳しい表情の門番の質問ににこにこしながら嬉しそうに答える。


「僕の名前はトーリっていいます。種族はエルフです。ほら見てください、耳の先が尖っているでしょう? 得意なものは弓です。生活魔法も使えます。それで、どうしてここに来たのかというと、ええと、あっちの方にある森を抜けて、人の住む場所を目指して旅をしてきたんですけれど……」


 やけに人懐こい、そして美貌のエルフ少年の前のめりなアピールに、門番は戸惑った。


「とにかく町にくればなんとかなるかなって思ったんです。安易な考えとは思うんですけど、森の中で一人暮らしをしたくはなかったし。いえ、森は好きなんですよ、なんだか落ち着くし。でも……」


「わかったわかった、エルフは森が大好きだからな。それじゃああっちで詳しい話をしてもらおうかね。ここは身元の証明ができる人だけ扱っているから」


「……もしかして、僕はお仕事のお邪魔でしたか。申し訳ありませんでした」


 しょんぼりするトーリの頬を、肩のリスがそっと叩いた。門番は『リスに慰められる残念エルフか……』と生温かい目で彼を見た。


(優しそうでやたら見た目が良くて、弱っちい子どものエルフ。この町でやっていけるだろうか)


 トラブルの種になりそうなトーリを、門番は警戒した。


「いや、気にするな。これも仕事のうちだから問題ない」


 門番は担当の騎士に連絡した。


「ラジュール様、身分証なしの若い少年、三本線です」


 やって来た騎士に門番が告げる。

 三本線は彼らの符牒で『害はないが犯罪に巻き込まれる危険あり、要注意』という意味だった。ちなみに一本線は危険人物、二本線は害意なしである。


 ラジュールと呼ばれた騎士は「ご苦労」と門番に頷いて、興味深そうに騎士の装備を眺めながら「わあ、騎士様だ。物語の中から出てきたみたいでカッコいいですね」などと呟くトーリを見た。


(呑気な子どもで、すぐに犯罪に巻き込まれそうだな。この町には向かないだろう)


 ダンジョンに潜って魔物を倒し、魔石や宝箱を得ての一攫千金を狙うダンジョン都市は、普通の町よりも荒っぽい者が集まるのだ。


「向こうの部屋で詳しい話をきかせてもらおうか」


「はい! 僕の名前はトーリと言います、よろしくお願いします」


「うむ、元気だな」


「おかげさまで、すごく元気です」


 にこにこしながら騎士を見上げるトーリは、奥に連れていかれた。


 薄暗い部屋に通されたトーリは、粗末な椅子に座らされた。同じく粗末なテーブルの向こうでは、騎士服をびしっと着こなす落ち着いた男性、ラジュールが腰をかけた。腰には長剣がぶら下がっていて、かちゃりと音がした。


「話を聞く前に、ステータスの確認をさせてもらいたい。まずはこの水晶に触ってくれ」


 トーリが『おお、どこかで読んだ異世界のテンプレ!』と思いながらなんとかつかめるくらいの大きさの水晶玉に手を乗せた。


「あれ? なんにも起こりませんね」


「これは犯罪者が触ると黒くなる水晶だぞ。よく使われているが見たことないのか?」


「初めて見ました。そうなんですね、適正によって色が変わるとか、魔力の量で光り方が変わるとか、そんなことがわかる水晶だとばかり思っていましたよ。あ、そういう水晶も実際には見たことがありませんけど」


「そんな機能があるものは高価だから、ここには置いていない。前科はないようだな。では、ステータスボードを開いてもらおう」


 彼がステータスオープンと唱えると、半透明のボードが現れた。リスが頭の上に乗り、ボードを覗きこむ。


「……リスではなくて俺に見せろ」


「それもそうですね。あれれ、ボードに触れないんですけど」


 半透明のボードをつかもうとして空振るトーリの姿に、騎士はかわいそうな子を見るような目になった。


「扱いに慣れていないのか」


 騎士は立ち上がると、トーリの隣に来てボードを見て頷いた。


(なるほど、女神の加護持ちだったのか。それならば大丈夫だろう……たぶん)


「歳はいくつだ?」


 元の椅子に腰掛けた騎士ラジュールは、ボードの内容を紙に書き写しながら尋ねた。


「もうすぐ四十になります」


「ふむ。人間だと十歳から十二、三歳くらいか。それではまだ成人していないな」


「もうおっさんですよ?」


 騎士は「大人のふりをしたい気持ちはわかるが、子どもがおっさんの振りをしても痛いだけだぞ」と静かに彼を諭したので、トーリは「……心はおっさんなんです」と呟いた。


(僕は小学校高学年か中学生くらいまで若返ったということ、なんですね)


 少し嬉しくなったが、子どもだとこの世界で生きにくいのではないかという心配もできた。


 騎士ラジュールは葉書大のカードにサインをした。


「女神の加護持ちだし、ステータスに問題はなさそうだから町に入ることを許可する。これは仮の身分証だから、滞在中は必ず携帯しろ。なくしたら罰金もあるぞ」


 トーリはカードを受け取って、厚手の紙に書かれたサインを見た。


「このミカーネンの町には冒険者ギルド、商人ギルド、薬師ギルドなどいくつかのギルドがあるから、加入条件を満たすギルドで正式な身分証を作ることをお勧めする。特殊技能がないのならば、冒険者ギルドが一番入りやすいだろうが、荒っぽい奴らも多いからトラブルにならないよう気をつけろ。詳しくはギルドの総合受付で聞くといい」


「はい、ありがとうございます」


「なにか質問はあるか?」


「実は、お金を持ってなくて。売れそうな果物があるかお金に替えたいのですが、どこに持っていけばいいのでしょうか?」


「たいていの物は冒険者ギルドの隣にある買取り所で引き取ってもらえるが……それはやはり、マジカバンなのか?」


 騎士ラジュールが肩かけカバンを指差したので、トーリは持ち上げて見せながら「はい」と返事をした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る