第12話
「これは、とても便利でいいカバンなんです」
トーリは愛でるようにカバンを撫でた。
マジカバンにはとても助けられている。様々なキャンプグッズが入っていたから快適な野営ができたし、携帯食料があったから飢えずに済んだし、迷いの森の果物をたくさん持ってくることができた。
お金がないトーリにとっては、果物を売れることがとても心強い。
肩に乗っていたリスがするすると降りて、カバンの横に立つ。どうやら自分も撫でて欲しいらしい。
つぶらな瞳で見つめられたので、トーリが微笑みながら「ベルンはふわふわで可愛いね、可愛い、可愛い、モフモフだね」とリスを撫でると、「す」と満足げに返事をしてから肩の定位置に戻る。
リスの動きを目で追っていたラジュールは、難しい顔をして言った。
「確かに便利だが、だからこそ価値が高いものだ。盗難や強盗に遭わないように気をつけろ。マジカバンに絡む犯罪はとても多いのだ」
「ありがとうございます、気をつけます。これは女神様の加護付きなので、盗んだ人に天罰が落ちるらしいんですよ。どんな罰なのかわからないから、充分気をつけたいと思います」
「……そうか」
(女神の加護付きのアイテムを持っているのに金は持っていないのか。いいところのお坊ちゃんが着の身着のままで家出でもしてきのか?)
騎士ラジュールは、にこにこする優しそうな美少年エルフを見て『こいつは間違いなくトラブルの種だが、困ったことに自覚がない。拐(かどわ)かされて売られでもしたら、この町の問題になるぞ』と内心でため息をつく。
「これからどうするつもりだ? この町にはどれくらい滞在する?」
「特に決めてはいないのですが、まずは仕事を探そうと思っています。冒険者ギルドで聞いてみますね」
トーリは『ギルドに登録して、簡単な仕事を受けつつこの世界のことを知っていきましょう』と考えていたが、騎士ラジュールは『町をふらふらした挙げ句に見ぐるみがはがされる未来しか浮かばないんだが』としかめ面になった。
「よし、冒険者ギルドへは俺が連れて行ってやろう」
「それはとても助かります! ご親切にありがとうございます」
丁寧に頭を下げるトーリを見て、騎士ラジュールは「礼には及ばん。この町の秩序を守るのが騎士の務めだ」と言った。
「それでもありがとうございます。ええと、テオドア・ラジュールさんとおっしゃるんですね」
仮の身分証にしたラジュールのサインを読んで、笑顔で言う。
「誰も知っている人がいなくて、心細かったんです」
「そ、そうか」
にこにこほわほわしているトーリを見て(いや、こいつ、本当に大丈夫か?)と改めて心配になる騎士ラジュールであった。
ミカーネンは、都会ではないがそこそこ賑わう町だった。計画的に作られたらしく、道は石で整備されていて、下水用の側溝も作られている。大通りには店があり、細い道にも露天がたくさん出ているようだ。
石やレンガ、そして木材で作られた建物が並ぶ大通りを進むと、木造三階建ての建物に着いた。外には剣と盾がデザインされた看板が掲げられている。
「着いたぞ」
「ここが、かの有名な、冒険者ギルドですか!」
建物を見上げて感激するトーリの姿を見て、騎士ラジュールは『どこで有名なのだ?』と不思議に思う。
「トーリのいた場所には、冒険者ギルドはなかったのか?」
「ありませんでした。僕はゲーム……いえ、本で読んで冒険者ギルドのことを知って、できることなら来てみたいと思っていたんですよね」
「物語の中か」
(こいつはとんでもないおのぼりさんだが、振る舞いはきちんとしているし、本を読めるほどの学はあるらしいな。エルフの中でも高貴な血筋の者である可能性も……うむ、いくらか可能性はある。見た目は
騎士ラジュールは警戒を強めた。
「別に面白い場所ではないぞ。この町もどちらかというと辺境であるが、お前はずいぶんな田舎から来たようだな」
「……かもしれませんね。この町が予想以上に発展しているので、正直
ミカーネンの町は、ダンジョンがあるせいで物も人も活発に動き、経済的にかなり発展している。いわゆるゲームの『はじまりの町』にしては規模が大きすぎるので、トーリは戸惑っていた。
「ミカーネンで働こうと思っていたんですけど、もっと小さなところにした方がよかったかな」
「トーリになにができるのか知らないが、職を探すならこのような規模の町の方が有利だぞ。村となると、よそ者に対する風当たりがどうしても強くなるし。ここは物も人も多いから求人の幅が段違いだ。まずはギルドに属して後ろ盾を作り、健全な仕事を探すといい」
「そうですね」
声に力がなくなったトーリの頬を、リスのベルンが撫でる。どうやら慰めているようだ。
騎士ラジュールが眺めていると、黒い瞳を騎士に向けたリスが「す!」と鳴いた。まるでトーリをいじめるなと警告しているようだ。
ラジュールは『リスが保護者のエルフの子ども……もう厄介ごとの種でしかない。こんな危なっかしい子どもをひとりで旅に出すなんて、いったい親はなにをやっているのだ』と目を細めた。
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