第9話

 トーリは焚き火に薪を足して火を大きくすると、その脇で生活魔法の練習をした。


「異世界ものの最初に覚える魔法といえば、ライトですね」


 彼は右手の人差し指を立てて、そこが光るイメージで『ライト』と唱えた。


「やったー、これは大成功です」


 彼は、指の先に現れたいかにも魔法らしい感じの光を見て「うわあ、すごく魔法使いっぽいです。嬉しいなあ」と満足そうにため息をついた。


「練習したら、飛ばせるようになるのでしょうか。すごいなあ、綺麗な光だなあ、魔法ってすごい楽しい」


 懐中電灯くらいの明るさの丸い光の玉は、できてから十分くらいで消えた。途中で消えるように念じた時もすぐに消えた。


「ふむふむ。薪の上に乗るかな……乗りました! 熱くない松明たいまつみたいです。弱く……強く……うん、光量を変えることも可能ですね」


 その後も、トーリは思いつく魔法を使ってみる。


『着火』は最初よりは大きくなったが火花が出るだけだ。


『アクア』は水の量や、湧き出す速さを変化させることができる。どうやら無から生み出すのではなくて、大気中の水分を集めているようだ。川などの近くで使うと、もっと効果が高いかもしれない。


『ウィン』は風を起こす魔法で、そよ風くらいの風速で自分に向けて出すことができた。止めようと思わなければ、かなりの長時間吹き続けるので、こちらの属性も適性がありそうだ。


 光、火、水、風ときたので土に干渉する魔法も使えるのではないかと試したが、あくまでも生活に役立つレベルの魔法の範囲だったので、固い土が少し柔らかくなって掘り起こしやすくなる程度であった。


「そうそう、生活魔法といえば、お風呂に入らなくて済むアレですよね。クリーン!」


 残念ながら、身体の汚れは落ちなかった。


「駄目ですか……それなら、『浄化』!」


 自分のお腹に向けて使うと、服についていたほこりや草の汁といった汚れが、手のひら大だけ落ちて綺麗になった。


「うーん、効果が小さいけれどないよりはマシですね。『浄化』! 『浄化』!」


 彼はヨガのポーズのように全身をねじりながら身体に浄化をかけ続けた。


「綺麗になりましたが、疲れてしまいました……」


 歯磨き代わりに口の中にも『浄化』をかけると、彼は火の始末をしてから『ライト』で照らし、ふと思いついて光の玉を頭に乗せた。


「おお、これは便利ですね」


 彼の身体から魔力を補充しているのか、光は消そうと思わなければ消えなかったので、テントに入って寝袋に潜り込み、ごく小さな光にしてからそのまま眠ることにした。


「アメリアーナ様、魔法を使えるようにしてくださって、ありがとうございました。おやすみなさい」






 翌朝、日の出と共にトーリは目を覚ました。


「この身体は目覚まし要らずで便利です」


 手のひらを並べて『アクア』を唱え、現れた水で顔を洗うと、今朝は火を起こさずにアプラの実と干し肉で簡単に食事を済ませる。


「今日の目標は、弓の扱いに慣れることなのですが……どこで練習をしたらいいでしょうかねえ……」


 狩りをしているわけでもないのに生木に弓を射るのは、森の精霊に申し訳ない。どこかにいいまとはないかと見回すと、少し離れたところにある岩壁に二重丸が書いてあるのに気づく。


「もしかして、森の案内人さんが用意してくれたのですか? でも、さすがに岩には刺さらないと思いますよ」


 そう言いながらも、弓を持って弦を引く。まったくの初心者なのに、安定したフォームだ。『エルフのトーリ』はすでに弓術を身につけているようだ。

 魔力が指先から溢れて光り、矢の形になっていく。


「細くて鋭いやじりに力を凝縮して……!」


 息を吐くと同時に矢を放つと、地面とほぼ平行の軌道で矢が飛んだ。そして、音もなく的に吸い込まれていく。

 その先が岩の的の中心に刺さってから消えたのを見て、トーリは「想像した以上に突き刺さりましたね」と驚く。

 そして、今度はあまり魔力を凝縮しないで先を球形にし、的に矢を射ち込むと、二重丸の中央が爆破されたように砕け散った。


「先日現れた狼型の魔物の凶悪さを思うと、これくらいでは足止めくらいにしかならないかもしれません。でも、相手が怯んだ隙に逃げられますよね、あるとないとでは大違いです。弓の訓練をしていけばもっと威力も上がって、いつか仕留められるようになるでしょう」


 トーリは武器の存在を心強く思ったのであった。


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